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2019年6月 1日

メリーちゃんのその後

27年もの間、愛車として一緒に過ごしてきたメリーちゃん。
今年の車検は残念ながらパス出来ないと分かった時点で、取るべき行動はひとつ。
もしも自分に車両整備の知識と技術があれば、一旦は登録抹消の後に修理・再登録も出来るだろうけれど、それは無いものねだり。

では廃車手続きをして、どこかの業者さんに引き取ってもらってスクラップに?
とんでもない!いくら公道を走れなくなるからと言っても【それだけは】絶対に選ぶことが出来ない選択。

時代はすでに21世紀。昭和は遠く過ぎ去り平成も終わり、今や令和なのだ。
文明の利器たる“箱”と“でんわ”がここにあるではないか。これを使わずしてなんとする。
と言うことでネットを利用して「赫々然々で」と書き込みして、メリーちゃんの引き取り手探しを行いました。

デビュー当時は悲しいまでに人気が無く、生産中止の憂き目を見るほどだったダイハツ Leezaですが、どうも近年コアなファンがいる様子。
きっとそこにいる人達ならば、メリーちゃんに目を向けてくれるのでは?と望みをつないでの投稿。

結果は?
来ました来ました。実にありがたいことに複数の方からオファーをいただきました。
何度かメールのやり取りをした結果、ご自分で修理をして乗っていただけると言う方にお譲りすることになりました。

引渡しの当日、何と埼玉から神戸まで飛行機でお越し下さった○○さん。
5年前からLeezaに惚れ込みずっと探していたとの事。
無いんですよね、もはや市場に出回っているのが。オートマはたまにあるんですけど。
ちなみにメリーちゃんは5速マニュアルのミッション仕様。
本当は飛行機が苦手な○○さん、でもずっと憧れだったLeezaのために無理を押しての搭乗だったそうです。

メリーちゃんの引渡し手続きのため、近くのファミレスに私の運転で移動。
同乗していただいた時点で気に入ってもらえた様子。
そりゃそうだ。痛んだパーツがあるとは言え“走り”はまだまだそこらのクルマには劣らぬ健脚ぶりが自慢ですから。

万事終わっていよいよメリーちゃんとお別れ。
最後のお礼の言葉をかける時、やっぱり涙。
オッサンだって泣けるよ、ずっと一緒にいたんだものね。

そうしてメリーちゃんは新しいマスターと埼玉へ旅立ちました。
14時間後、無事に到着したとのメールをいただき安堵。
全く問題なく、快調なドライブだったそうです。

とりあえず登録を抹消して、それから修理していただけるとの事。
良かったね、メリーちゃん。いつかきっとまた会おうね。

 


<コックピット いつもここに座っていた>

» 続きを読む

ありがとう、メリーちゃん

1992(平成2)の5月に購入して、以来27年の長きに渡って私の足となってくれた

Leeza OXY(リーザ・オキシー)660 、通称メリーちゃん(Merry-Ⅲ)。

我が家に導入当時、メーカーのダイハツでは“売れないクルマ”として生産打ち切りが決まっていたとの事で急ぎ契約。

このLeeza、先代の550規格のバージョンは現在に続く“丸っこいクルマ”の嚆矢とも言える車で、その斬新なスタイルで人気を呼んだのでした。


<初代Leeza 550規格>

今年の5月、車検を迎えるに当たって一抹の不安が…

そもそも27年も乗っていると経年で劣化や不具合が出てくるもの。

露天の駐車場だったこともあって、概観は塗装がハゲチョロ。

いつか全塗装をと目論んでいたのですがね。

Img_0612
<メリーちゃん近影、リタイア直前に>

以前にもダイナモ(発電機)やエアコンがお亡くなり(笑 になり、パワーウインドウも昇降スピードが格段にダウン!(オイ!

しかしギアや足回り、特にエンジンは快調でなんらトラブルらしい事は起こったことがありませんでした。

一昨年の車検をパスした頃からステアリング(ハンドル)がエンジンや走行の振動に合わせてカタカタ鳴るようになり、ヤバいな~と感じつつもそのまま乗って(乗れて)いたのですが、今回の車検にあたり「ユダさん、今回の車検はあきらめて」と。

ガチョーン!そんなぁ。。。

どうもステアリングのシャフトに損傷があり、加えて古い車のために【パーツが無い】これが決定的でした。(号泣)

 

昔、会社勤めをしていた頃に「ウチでは前例が無いんだけどね」とか嫌味を言われながらも平然と一週間の休みを取り、東京、金沢、福岡、果ては鹿児島まで一緒に遠征したメリーちゃん。

日常では買い物、レジャー、通勤にと文字通り八面六臂の大活躍をしてくれたメリーちゃん。

そんなメリーちゃんも5月の29日で車検が切れ、除籍です。

今までユダの忠実な足になってくれて本当にありがとう。
一緒にいてくれて本当に楽しかったよ、おつかれ様でした。


<在りし日のメリーちゃん、鹿児島県鹿屋にて>

2017年1月 9日

これは変

日本では今秋公開になる《エイリアン:コヴェナント

もう最初の《エイリアン》(1979公開)からほぼ40年も経つんですか…
mpcのキットが人気だったなぁ。
 
それはともかく、その最新作の米国版ポスターがコレ

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んで、日本版がコレ

7e26667a_2

 

ちょっとちょっと、「逃げ…」って何ですか?

この“RUN”は走る・逃げるの意味じゃなくて、公開・封切の意味でしょ。

知っててやってるのか、知らずに何も考えずに直訳したのか…

 

中途半端なコピーからして多分直訳だろうなー、と考えます。

ハズカシイですよ。

2015年12月 6日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その5> Kobeすみっこ探検 特別編

そー言えば、もうルミナリエが始まっているんですね。

今年は13日(日曜日)までです。
ルミナリエにお越しの際は、ついでにここでご紹介のスポット巡りもどーぞ!
 
さて、それでは神戸のツリー&イルミのご案内は今回でいよいよ最終回。
《北野編》Part.2です。
まずは『北野坂』の街路ライトアップです。

Pb200134

Pc050193

Pc050192

街路樹のイルミネーションとしては、ハーバーランドのガス燈通りと並んで大掛かりな規模ですね。
 
次は『北野工房のまち』です。
ここも毎年入り口と道路に面した塀がライトアップされます。

Pb200121

Pb200123

なかなか幻想的ですね。
 
さて、北野編(と言うか紹介記事)の最後を締めくくるのは
『神戸北野ホテル』です。

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毎年ビミョーにデザインが違っています。
そして正面入り口を入った所のロビーには大きなツリーが。

Pb200130

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“見るだけ”でもオッケー(してくれるハズ)。
お願いすれば【優しいスタッフの皆様】がシャッターを押してくれる
ハズ
忙しくなさそうな時間帯を狙って見に行ってみてくださいね。
 
さて、5回に渡ってレポしてまいりました
神戸のクリスマスツリー&イルミネーション、いかがでしたか?
 
撮影後に新たにセッティングされた所や、チェック漏れのスポットがあるかも知れませんが、お気に入りのポイントがあれば、ぜひ見に行ってください。
どこも殆どクリスマスまで、ですからね。
 
ダッシュぢゃ!
 
【完】
 
今回のMapです。
 

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その4> Kobeすみっこ探検 特別編

2015年、神戸のChristmas Tree & イルミネーション紹介もそろそろおしまいです。

 
今回は《北野編》Part.1です! (^◇^)
最初にご案内するのは、やはり?の異人館街。
まずは昼間の風景から。

Pc040178

ん?建物になんかへばり付いてますね~。
良く見てみると…

Pc040176

をぉ、でっけーサンタさん。
この界隈はクリスマス前になるとサンタさんが出現するのです。
こちらの建物は『英国館』です。
 
そのお隣は『洋風長屋』。

Pc040173

こっちのサンタさんはちっちゃいですね。
窓には不法侵入中のサンタさんが取り付いています。
玄関口の上には、わらわらと…

Pc040174

そのお隣の『ベンの家』はこんな感じ。

Pc040172

以上三軒は道路南側に面した建物ですが、北側にもいます。

Pc040177

旧パナマ領事館のサンタさんです。
昼間はこんな感じですが、夜はと言うと…

Pc050182

西側から東方面を望んだ景色です。次は東側から。

Pc050188

うーん、サンタさんよくわかんねーわ。
ちなみに昼間はこんな感じね。

Pc040171

 ところでこの通りは北野通りと呼ばれる、東行きの一方通行の道路です。
サンタさんはここだけでなく、一筋南の山本通りにもいるのです。

Pc040170

 ここは山本通りの東の突き当たり『ホテル北野プラザ 六甲荘』です。
サンタさんが座っていますが、その下の真ん中のリースはこんな感じです。

Pc040168

そして夜は、こうなります。

Pc050185

Pc050186

実はここはあまり知られていないスポットかも。
ぜひ一度、直接見に来てくださいね。
 
今回のMapです。
 
《北野編》Part.2に続く

2015年11月24日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その3> Kobeすみっこ探検 特別編

神戸のクリスマスツリー&イルミネーションスポットのレポートもいよいよ3回目。

今回は《三宮編》です。
まずは三宮の地下街“さんちか”のエントランスにあるツリーです。

Pb200087_2

シックなツリーですが、地下街入り口(にあたる場所)にあることで、
クリスマス気分を盛り上げてくれます。
 
このさんちかの南突き当たりには神戸国際会館があります。
南正面は地下に降りる階段状の入り口があり、さんちかと繋がっているのですが、
その場所がライトでデコレーションされています。

Pb200106_2

いい雰囲気ですね~。
国際会館には屋上庭園もあり、そこでもライトアップイベントが行われているそうです。
(ネタあさりしていたときは知りませんでしたー)
一見の価値あり、かな?
 
JR三ノ宮駅のコンコースには、光のツリーが出現しました。

Pb200091_2

ここはこのツリーだけではなく、周囲もライトアップされていて
さながら光の公園のようになっています。

Pb200092_2

この場所から南に向かうと、百貨店の“そごう”があります。
北正面の入り口は、この時期有名なスポットになります。

Pb200093_2

バックのガラス越しのエスカレーター部分のライトと相まって、
実に幻想的な雰囲気をかもし出していますね。

Pb200102

この場所は10年前にもレポしていますので、比べてみてくださいね。
 
いかがでしたか?画像だけではなく実際に目にしてみると、また違った雰囲気を楽しめるかもしれませんよ。
そこのあなた、神戸にダッシュぢゃ!
 
※今回のマップです。

 
次回に続く。

2015年11月21日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その2> Kobeすみっこ探検 特別編

前回はハーバーランドにてツリーとイルミをチェックしてみましたが、

さて今回は、《元町・旧居留地》編です。

まずはコチラ、大丸神戸店です。(#①)

Tw160184

(クリックで拡大します)

もう建物そのものがオブジェですね(笑

東側のトアロードの街路樹がこのようにデコレーションされています。

Tw160185

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をぉっ、幻想的!(笑

大丸から東に進むと、朝日ビルディング。
コチラは10年前にもレポしていますね。

ホールの中に設置されたツリー群です。(#②)

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これは全て手作りの縫いぐるみで出来ているのです。
世界中の恵まれない子供たちに縫いぐるみを!と言うコンセプトで作られているそうです。
(訂正:恵まれ云々はナシでした)

Tw160191

こちらのツリーのアップです。

Ca3e0062crop

ぬいぐるみの山!ですね。
先ほどちょっと書いたこのツリーのコンセプトは、このような主旨だそうです。

Ca3e0065

そして…

Ca3e0064

『あなたのために場所をあけています』だそうです。
興味のある方は問い合わせてみてくださいね。

居留地をさらに東へ、

京町筋と呼ばれる南北に伸びる道路を南に進むと
オリエンタルホテルがあります。

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こちらは前を偶然通った時に見つけたツリーです。(#③)
ほぼ2メートルほどの大きさかな。
シックな感じが良いですね。

さて、一旦トアロードまで戻りましょう。

トアロードと三宮神社の北側の東西に走る道路(三宮中央通り、と言います)を
ちょっと東に行くと、神戸セントモルガン教会という結婚式場があります。
昼間見ても中々雰囲気のある建物なのですが、夜は…

Pb200109

こんな感じにライトアップされています。そして…

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Pb200110

外壁のイルミネーションとマッチしていて、オシャレです。
下がとっても綺麗なツリーのアップです。(#④)

トアロードを北に進むと、三宮センター街があります。
これはアーケードに飾ってある“ルミナリエ風”のイルミネーションです。

Pb200113

ちょっとわかり難いかな?
でも直接見るとまた違う感じに見えると思います。(#⑤)

さらに北に進むと、メディテラスがあります。(#⑥)

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ここは10年前にもレポしていますね。
今年はこんな風に飾られています。

Pb200116crop

Pb200114

派手な色使いだけど、派手じゃない。
上品な雰囲気にまとまっていると思います。

さて、いかがでしたか?

ここをご覧になった方、どうぞ足を運んで実際にご覧になってみてくださいね。
今回ご紹介したポイントのマップはこちら↓です。

ツリー&イルミのレポはまだ続きます。
(頑張って集めましたからねっ!)
お楽しみに!

2015年11月18日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その1> Kobeすみっこ探検 特別編

 神戸のクリスマスツリーとイルミネーションをまとめた記事をアップしたのは、

いったいいつの事だったでしょうか…

って、オイ!
2005年
って、もう10年前かよ!
それでもいまだにアクセスしてくださる方がいるんですよね。
 
さて、それでは久々に夜の街に繰り出して
“見どころ”を探しに参りましょう♪
 
まずはここから!
 
《ハーバーランド》

Tw160160

Umie内のグラスツリー(勝手にこう呼んでます)です。
昔とはだいぶ変わってますね~。
でもこれはこれで綺麗なもんです。
上を見上げると…

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雪の結晶がちりばめられていますよ!
 
さて、建物から外に出ましょう。

Tw160170

南に続く街路樹も光のデコレーション。
 
さらに進むと、ん?ここは結婚式場?
長い事来てないんでわからなくなってます(笑
(アニヴェルセル神戸、と言うそうですね)

Tw160172

 これも綺麗にライトアップされてますね。
画像右側が今来た通りになります。
さらにこの通りを西に向くと…
こちらは神戸ガス燈通りになります。

Tw160174

通りは光の街路。木々が目いっぱいライトアップされています。
ここは10年前と変わりませんね。
 
視点を変えてもう一枚。

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変わらないと言えば
『プロメナ神戸』前、玄関口のツリーは健在です。
(全く同じではありませんけれどね)

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ここは今は『万葉の湯』と言う温泉になっているのです。
 
10年も間を置いてしまったので、同じ場所でも昔には飾り付けをしていたのに、今は何もない所もありました。
うーん、何だか寂しいぞ。 (´・ω・`)
 
※もしかして、ネタ探しがちょっと早かったかな?
12月だと増えている可能性がありますね。
 
追記:今回のマップはこちら。
 
別の場所に“つづく”

2015年10月23日

<南京町‐チャイナタウン‐のパンダ> Kobeすみっこ探検Ⅲ

神戸のパンダと言えば王子動物園ですが、

実は中華街の【南京町】にもパンダがいるアルョ
「いやいや、そんな所におらんやろ」
ところがどっこい、これ↓が証拠画像だ!!

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このパンダ、実はコカコーラの自販機の上に乗っているマスコットです。
で、デカイ
パンダのくせにコーラ飲むんかいっ!

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よく見ると文字が漢字表記ですね。
自販機の両サイドはこうなっています。

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さて、これだけかと思いきや、なんとこの隣には…

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ドラゴンです(笑 
チャイナタウンのいかにもチャイニーズなマスコット♪
さらにその奥には…(まだあるのかよ)

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とどめのチャイニーズ・ファミマ!
このパンダとチャイナバージョン自販機はココ↓にあります!

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南京町東入り口、長安門の横です。
これから観光でお越しの際にはぜひ見に行ってくださいね。 

2015年6月25日

<地図と航空写真で見る神戸港の変遷> Part.3 

明治維新から追ってきた神戸港の変遷史。今回が最終回です。

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昭和45年(1970)の神戸港の地図です。
大阪千里丘で『万国博覧会』が開催された年ですね。
ポートタワーの位置がが地図に示されています。
加えてこの地図からは判りませんが、4年前に新港第8突堤の東側に『摩耶埠頭』が完成しています。
 
海岸線に沿うように『阪神高速3号神戸線』の高架道路が現れました。
平面からはあまり感じられませんが、神戸港の景観も大きく変わりつつあるのです。
そして神戸港はこの後もまだ変貌を続けます。
 
余談ですが、この3年前に『ウルトラセブン』のロケ撮影が神戸にて行われました。
巨大ロボット キングジョーが六甲山、そして神戸港で暴れまくり、そしてセブンも釣られて暴れます(オイ!
デカイのが2体で暴れるので、港の近辺は水浸しになりましたとさ。(迷惑だなぁ…)
 

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昭和50年(1975)の神戸港
 以前からの港湾施設にはほとんど変化はありませんが、新港第4突堤の先が延伸され、さらにその先に巨大な『陸地』が出現しています。
これが『ポートアイランド』と呼ばれる巨大な埋立地です。
陸地とポートアイランドを結ぶための、第4突堤から伸びた連絡橋である『神戸大橋』は1970年に開通しています。
(それにしては先の地図には記されていないゾ!)
ポートアイランド自体はこの時点でまだ工事中で、完工(第一期)は昭和56年(1981)になります。
 
中突堤(なかとってい)の東側、防波堤の内側には艀がひしめき合っています。
これまでの画像の中で、最も多く写っているのがわかります。
艀の荷役作業はこの頃がピークだったのでしょう。
この後、貨物の形態はコンテナ輸送になると共に荷役作業の場はポートアイランドへ移行していくので、艀は減少していくことになります。

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昭和55年(1980)の神戸港
 前述のポートアイランドの完工は翌年ですが、既に貨物業務は稼動しています。
その影響から、港内の艀の数が激減しているのがおわかりいただけるでしょう。

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昭和60年(1985)の神戸港
 従来の貨物の取り扱いは、ほとんどがポートアイランドへ移行され、もはや艀は新港第一突堤の西側に固まっているのみです。
 
画像からは変化が見られませんが、神戸駅の隣の湊川駅(貨物駅)は既に業務を停止しており、この年に廃駅となります。
物流の主体は徐々に鉄道からトラック輸送に切り替わっており、これはそんな時代の変わり目の画像なのです。
 
阪神高速道路の南に海上をまたぐ様に『浜手バイパス』が新設されています。これは翌年に開通します。
『自動車』が交通・物流の主役になりつつある“流れ”が見て取れます。
 
中突堤とメリケン波止場の間の海面の埋め立てが始まっていますね。ここは後に『メリケンパーク』となる場所です。

Kobe_1990crop

平成2年(1990)の神戸港
 小さい画像を無理矢理引き伸ばしたので、見え辛い点はご容赦ください。
昭和62年に完成したメリケンパーク、そしてこの時点ではハーバーランドが建設中の状態です。
バブル真っ盛りの時期ですね(笑

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平成7年(1995)1月17日の画像です。
 あの震災を経験した人にとっては辛い画像ですね。
上空写真からは被害の程は判りにくいですが、メリケン波止場の部分が崩壊しているのが確認できます。
海の色が奇妙な色に変わっているのが不気味です。

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現在の神戸港
 震災後、ポートタワーの付近から西側が新たに埋め立てられ、遊覧専用の波止場が新設されています。
中突堤の先端には神戸メリケンパークオリエンタルホテル(長ったらしいなぁ)があります(1995年開業)。
 
かつて小野浜駅、神戸港駅と呼ばれた貨物駅は廃駅となり、跡地は過去『神戸震災復興記念公園』として整備されています。
また新港第5~8までの突堤の間の部分は埋め立てられ、主に倉庫群が軒を連ねています。
そして元の第6突堤部分の地下には、ポートアイランドに通ずる『神戸港島トンネル』(海底トンネル)が新設されました。
“見えない部分”も大きく変貌しているという事ですね。

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◎最後に
 日本が鎖国を解き、単なる船着場程度しかなかった海辺に埠頭が築かれ、鉄道が敷かれ造船所が生まれ、果ては人工島までが出現するとは当時の誰が想像したでしょうか?
 
国家の輸出入の多くを請け負う港町として、また国際航路の玄関として発展してきた神戸と言う町は港抜きでは語れません。
営々と発展しながらも戦火に焼かれた後に復興し、また震災で打撃を受け、神戸港での貨物の扱いが減っているとは言え、まだまだ今後の発展と進化の余地は大いにあると思います。
 
開港当時の人々がここまでの発展を予想できなかったのと同じように、我々もまた今後の神戸港がどのようになっていくのか、計り知れないものがあります。
今後も神戸港の『進化』を出来るだけ見届けて行きたいですね。

<地図と航空写真で見る神戸港の変遷> Part.2 

Part.2は昭和に入ってからの神戸港です。
 
Mg_9801
画像は昭和初期の神戸港の地図です。
中突堤(なかとってい)は工事中となっていますね。
先の地図と比べると、新港突堤の番号が左から1~4と変更されています。
これは外国船が入港する関係からかとも考えられますが、詳細はわかりません。
 
ブイがそれぞれ“A(アルファベット)” “5(数字)” “あ(ひらがな)”と分けられているのが見て取れます。
これは設置されたブイの数が増えたための処置と思われますが、係留する船舶の大小で区別されていた可能性もあります。
それだけ神戸港に入港する船の数が増えていた事を裏付けるものですね。
 
小野浜貨物駅(写っていませんが)からは海岸線沿いに線路が延びて、高浜岸壁の倉庫群まで引かれています。(代りに神戸駅からの線路がなくなっていますね)
そして神戸駅のそばに、貨物用の『湊川駅』が新設されています。
ブイの数の件もそうですが、港で扱う荷物の量が増加しているためでしょう。
この事から、船から荷揚げされた貨物が(すぐに)鉄道で運ばれると言う、当時の物流システムが判ります。
 
 画像からは判り難いですが三ノ宮駅は移転していますが、旧駅の場所にはまだ駅は出来ていないのがわかります。
市内では市電(路面電車)網も充実してきています。
港のみならず神戸の都市としての発展が伺えますね。

Kobe_1930crop

 次の画像は昭和5年(1930)の神戸港で、前の画像よりも少し後のものです。
先の新港突堤の東側に、新たに第5突堤が建設され、さらに工事中です。
 
 港の中心部には新たに『中突堤(なかとってい)』が据えられています。
新港突堤が貨物の扱いを重視しているのは、各埠頭に鉄道線が引かれている事からもわかります。
中突堤には貨物線が見られません。(後に1本だけ線路が引かれます)
この事から、中突堤は主に旅客用として使われていたのでしょう。
 
陸に目を転じると居留地跡に日本銀行(支店)が置かれ、ビジネス街として発展中である事が窺えます。
先に書いた三ノ宮駅の移転、そして元町駅が新設されています。
この頃が戦前の神戸港の絶頂期であったのかもしれません。 
 

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大戦中  米軍撮影の空襲を受ける神戸の航空写真です。
まず倉庫群が直撃を受け、煙を噴き出しているのが目に付きます。
海上をよく見てください。ゴミのように点々と写っているのは焼夷弾です。
陸に目を向けると、市街はほとんど焼き尽くされていますので、これは恐らく昭和20年3月17日に行われた空襲よりも後の撮影で、6月5日に撮影されたもので間違いありません。
 
神戸駅の北側、今で言う下山手の辺りだけ焼け残っているのが妙に印象的です。
港の様子(施設)は先の画像と大きく変わっているところは見当たりません。
恐らく戦争中は港湾設備の拡充までは手が廻らなかったのでしょう。
このときの空襲の目標は市街地もさる事ながら、川崎重工(造船所)が主であったと見られます。
 
余談になりますが、ここでは大型艦に限っても戦艦榛名、伊勢、加賀(後に空母に改造)、空母瑞鶴、大鳳、巡洋艦加古、衣笠、足柄、摩耶、熊野、大井、鬼怒、神通などの建造が行われてきました。 
そして何よりも極初期からの(現在もですが)潜水艦建造のメッカでもあったのです。
画像にも建造中の『伊ー1(Ⅱ)』『伊ー15』(共に終戦までに未完成)などが確認できます。
戦略目標にされてしまうのは仕方のない事だったのでしょう。
 
Battle_bombtokyo29
この画像は先のものよりも若干後に撮影されたもののようです。
新港の北側、すなわち旧居留地辺りが燃え盛っているのでしょう、煙が湧き上がっています。

Targetchart10akobeareafebruary19451

戦時(空襲)関連の話を続けます。
上の画像は米軍が空襲の際に用意していたチャート(地図)です。
新港の第二期建設予定の部分(東側)まで記載されていますね。
いったいどこからこんな仔細な地図を入手したんだか…
 
 スケール(円目盛り)の中心は神戸駅のようです。
恐らく爆撃目標の第一は先に書いた川崎重工(造船所)なのでしょう。
戦争の“手段”としては間違ってはいない。間違ってないけど… なんだかなぁ。

Kobe2crop

空襲に関連して、更に驚くべき事は上の画像です。
これは当時の捕虜が収容されていた場所や施設を記したものです。
これらの場所を避けて爆撃しろ、と言う事なのでしょう。
こういった情報はどこから入手したのか、興味深い所です。
日本側が中立国辺りを経由して、通知していた可能性もありますが。
 
キャンプションには“大倉山公園”“オリエンタルホテル”などが挙げられています。
先の空襲中の写真を見ると、大倉山公園の辺りが焼け残っているのが確認できます。
ノルデン爆撃照準器の精度、恐るべし!米軍最高機密兵器だけの事はある。
“マルヤマパーク”というのは、もしかして現在の灘丸山公園の事かな?
それにしては場所がおかしいのですが。
“アオタニキャンプ”と言う場所がそれに近いようですが…
あと、セキグチとなっているのは今の王子公園辺りですね。
動物園などができるのは昭和26年(1951)ですから、当時の地名でしょうか?
“Divisional Camp”って何だろう?場所的には旧居留地ですね。
ここは上の画像で思いっきり爆撃されて炎上してますよ?いいのか?
 

Kobe_1947

さて、時間を進めて戦後の神戸港を見てみましょう。
画像は昭和22年(1947)の神戸港です。
一見、前回の記事の最後の戦時中のものと比べて特に変わったところは見られません。
しかし戦時中に比べて港内には大型船舶が全く入っていませんね。
これは戦争での船舶の被害が甚大であった事を物語っていると言えるでしょう。
唯一、造船所の乾ドックに大型船が入渠しているのが見られるだけです。
メリケン波止場や海岸に多数群がっているのは、荷役に使用する『艀(はしけ)』です。
前回で触れたように艀は神戸に限らず、港湾では貨物の積み降ろしには不可欠な存在でした。
コンテナに収められた貨物をガントリークレーンで積み降ろしする、と言う荷役風景はまだまだ先の事です。
そしてこれらの艀を使って、港湾労働(荷役)に従事する労働者を取り仕切っていたのが、山○組でありまして…
まぁ、それは触れずに置きましょう(苦笑
 
戦後2年が経ち、陸地部分では復興が始まっているようですがまだまだ更地が多く残っています。
ちなみに貨物線の『小野浜駅』は昭和14年(1939)に『神戸港駅(こうべみなとえき)』に改称されています。
 

Kobe_1963crop

昭和38年(1963)の神戸港です。
前の画像と比べ、艀の数が格段に増えています。
加えて新港突堤や沖には大型船が入港しており、港内では小型船舶が行き交うなど、港の活況が伝わってきます。
 
新港は東に拡充され、第8突堤までのエリアが完工しているのが見て取れます。
この年、中突堤に神戸港のシンボルとも言える『ポートタワー』が竣工・開業していますが、画像からはまだ確認できません。
市街地は完全に復興を果たしているようで、もはや更地は見当たりません。
現在『山手幹線』と呼ばれている道路も、以前に比べ拡張されているのが確認できます。
 
さて、今回はこの辺で。
次回は昭和40年代から現代に至る神戸港を見てまいります。
 
続く

2015年5月28日

<地図と航空写真で見る神戸港の変遷> Part.1 

今回から地図や航空写真を使い、神戸と神戸港の発展と変化をレポしてまいります。
どうぞ最後までお付き合いくださいね。 
 
Part.1 明治から大正期
 
◎明治初期
 江戸の最末期、幕府の政策転換により開国と共に開港(当初の予定は兵庫港)する事となり、明治元年(1868)に誕生した神戸港ですが、その頃の様子はどのようなものだったのでしょうか?

1872m3_2

開港から間もない明治3年(1870)の神戸港です。
(酔人漫様の『塾長日記Blog』より転載・加工。クリックで拡大)
 
かろうじて後に『メリケン波止場』と呼ばれる突堤(船着場)と、海軍操練所跡の船溜まりがあるのみで、お世辞にも港湾施設と言える物がほとんど見当たらないのが判っていただけるでしょう。
 
陸側に目を転じると、付け替え工事の終わっていない(工事中の)生田川や湊川が認められます。
この時期、生田神社の東には、外国人用の競馬場がありました。
 
画像では“小野浜造船所”としていますが、この頃はまだ“小野浜鉄工所”と呼ばれていました。
後に帝国海軍の発注で、日本初の鉄製軍艦(スループ、sloop)『大和:やまと Yamato(初代)』が建造されます。
 
 
◎明治後期

Kobe_meijicrop

 画像では判りにくいですが、市電が敷設されているので明治末期(40年代)と思われる神戸港です。
地図の左端に見える湊川が付け替えられた(埋立て済)後です。
しかしまだ地名に『新開地』と言う名称は記されていません。
 
この頃になると海岸線の辺りも港湾らしく整備され、メリケン波止場がしっかりとした造りになっている事、現在の京橋付近では、新港の工事に伴い埋め立てが始まっている事が記されています。
 
余談ではありますが、この地図と同時期(明治41年(1908)4月28日)に、ここ神戸港から『笠戸丸:かさとまる Kasato-Maru』 が第1回のブラジル移民を乗せ出航しています。
 
川崎町(現在のハーバーランド付近)の場所には、川崎造船所や高浜倉庫が作られ、それに接続する貨物線が敷かれているのが判ります。
当時の神戸駅は正に神戸の玄関口であり、神戸市役所も駅の北側にあったのです。
そしてメリケン(米利堅)波止場の上の方に、移転前の旧三ノ宮駅が見て取れます。
(現在の元町駅のやや西側。昭和6年(1931)に現在地へ移転)
この駅を窓口として、南にある元町商店街が繁華街として発展する事になります。
 
外国人居留地は明治32年(1899)に日本に返還され(治外法権がなくなり)、神戸市に編入されました。
ちなみに居留地東側にある“遊園地”(実は運動場)は『内外遊園地』と呼ばれ、日本人も立ち入る事が出来ました。
当時珍しかった外国人のスポーツを市井の人々が訪れて観戦していたと言われていますから、多分お手軽な国際交流の場だったのでしょうね。
 
前述の小野浜造船所は、既に設備が呉海軍工廠に移転され、閉鎖されています。
 
 
◎大正期

Kobe_1920

大正9年(1920)の神戸港です。
最初の頃に比べ、もはや比べ物にならないほど一大商港としての威容を見せています。
真っ先に目に付くのはメリケン波止場から見て東に新設された『新港突堤1~4』ですね。
(当時の倣いから、右より1~4の順となります)
 
その新港突堤に併せて貨物線の小野浜貨物駅が新設され、軌道が突堤まで引かれおり、港で扱う貨物の量が増大した事が窺えます。
突堤に隣接して倉庫群が記されているのも、その現れでしょう。
画像では読み取り難いのですが、メリケン波止場西側にも倉庫群と小規模な突堤が新設されています。
 
旧生田川・旧湊川は完全に道路になり、その道筋から辛うじて河川跡が偲ばれる程度となっています。
 

Fimg_9796crop

同時期(大正後期?)の別の地図です。
 
新港突堤の東側に新たな埠頭の建設(新港第二期)が計画されているのが見られます。
また、第一突堤は拡張の計画線も引かれています。
加えて港内中央部(メリケン波止場西側)に、新たな埠頭も建設予定です。
(点線部分)
 
この時期、神戸港が急速に進化していることが見て取れます。
港内の航路も整備されているのがわかります。
海上に点々と描かれているのは停泊用の『ブイ(浮標)』の位置とその番号です。
当時は直接岸壁に接岸する以外に、これらのブイを使用して船を繋ぎ、沖で荷降ろしして艀(はしけ)で運んだり、通船を使って旅客の乗降をするのが普通だったのです。
艀については、また後の記事で触れる予定です。
 
続く
 
サイトより転載・加工いたしました。

2015年4月26日

<北野川を探せ!:後編> Kobeすみっこ探検Ⅱ

かの航海者マゼランは襲い来る絶望と戦い、勇気を振り絞り大西洋から海峡を越え太平洋へ躍り出たではないか。
ここはいざ!前進あるのみ!

…と言うのは若干大げさですが、ルートをロストしても暗渠は必ずある!
と信じて探索を続けます。

前回の最後の場所は若干登り勾配がかかっており、この通りの先はフラワーロードと言う大通りにつながっています。

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画像左はフラワーロード側から見たところ。
右は逆から見たところで、後述の歩道橋が見えています。

フラワーロードは昔の“生田川”の付け替えに伴って埋め立てられたものです。
ルートは昔の川筋そのものなので、勾配は昔の土手の名残なのかも知れません。
北野川がこの手前まで来ている、という事は生田川に繋がっていたと考えるのが自然ですね。

それでは暗渠の追跡を兼ねて、この先の“旧生田川”の近辺を探って見るとしましょう。

この近所には有名?な“牛丼屋さん”があります。
神戸牛丼 広重 と言うお店です。
画像ではわかり難いかな?『一杯、金壱千圓』也。
た、高ぇ~。でも連日行列が出来ているんですよ。
そのうちレポしたいですね(笑

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この辺りは前述のフラワーロードと、山手幹線という広い道路の交差する地点です。
6車線道路が交差するので、交差点そのものが大きいと言うか広い。

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そしてここに架かる歩道橋がこれまた【巨大】
広い交差点のタテ・ヨコ・ナナメを縦横にカバーしているので、一辺が長いです。
離れた場所からでも全景がフレームに収まりきらないほどです。

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特に西南から東北にかけて伸びている部分は長すぎて、強度を持たせるために歩道部分にすらキール(竜骨)が走っているほど。
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そしてこの歩道橋の下には、旧生田川を示す石碑が建っています。

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おっと、話が横道に逸れましたね、閑話休題。

この歩道橋の上から手掛かりはないかと探してみると…発見!
東西に走る山手幹線の東側、東行き車線(北側)にマンホールがありました。

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歩道橋を降りて確認してみると“圧 河川”の文字が。
やったぁ!暗渠のルートはフラワーロードを横切って、ここに繋がっていたのでした。

めでたしめでたし、おしまい… ではないっ!
改めて暗渠の追跡再開です。

山手幹線に沿って東へ直進すると、北野坂と同じようにほぼ数十メートルおきにマンホールが確認できます。

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途中、喉が渇きましたね。さぁ、百円あげるからここで好きなだけお飲みなさい(オイ
ここは『神戸クアハウス』と言う施設で、実は天然温泉です。
道に面した店頭では神戸ウォーターが百円で2分間汲み放題なのです。

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またまた脱線、追跡に戻りましょう。マンホールを追って、一路東へ!
この先はもうすぐ“新生田川”なんですがそこに現れたのは…
オ○ックスレンタカーの店先にいたこのお二人。
さしずめ『オリ○ンジャー』の青と赤さんですか?なんかシュールです。

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もういい加減に話の本筋に戻りましょう。
歩道橋が見えていますが、そこが新生田川付近。
そして手前に見えるのが、ここに至る最後のマンホールです。

この先には河川を示す目印は無く、あるのは新生田川の本流だけです。

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するとここに架かる橋の下に北野川の河口が?
そう考えて橋の東側から覗いてみると、排水管の丸い開口部が見えますね。
これが河口?でもなんかショボいなぁ。

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再度周辺をウロウロと見て廻りましょう。
東西は幹線道路が貫き南北は南の国道に至る、これまた広い道路ですね。
南北に通じる道路と、JRと阪急電車の線路に沿う東西の道につながる分岐が土手に当る部分を走っていたり、と割と複雑な構成です。
どこかに目印はないものかね?と探していると…

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発見!マンホールです!

歩道はありませんが、道路の側壁沿いに接近してみます。

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見つけたー!“北野川”!!
どうやら生田川の土手の下が暗渠になっているようです。追跡再再開!

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線路の下は厳重に、そして思いっきり目の細かい金網が掛けられていて、中の様子は窺えません。
やっとの思いでほんのスキマから中を激写!
これは暗渠ですね、フタですね。
昔はここは線路をくぐる道路だったのかなぁ?

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この先に回りこんで南側へと出ます。
生田川の流れは続いていますが、この先の土手部分も歩道の無い車道。
そこをたどってさらに海側へ進みます。
この辺りにもマンホールなどの目印はありません。それでも進む!

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そしてその先に架かっている橋から見てみると…

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どーん!

河口発見!すげぇ!デカイ!
北野川はここで新生田川に合流していました。

ただただ感激(涙

北野川は天神谷川から始まり、新生田川に注ぎ込む所で終わるのでした。
長々と駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。
これにてお開きとさせていただきます、お疲れ様でした。

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「疲れた~!おなか減った、早く帰ろうよ」

そうだね、家に帰ってご飯にしようね。

 

北野川を探せ!kobeすみっこ探検Ⅱ 【完】

◎今回のmap

Kitanogawa

◎歩道橋(加納町交差点)付近のmap 

Kanoutyou

2015年4月20日

<北野川を探せ!:中編> Kobeすみっこ探検Ⅱ

北野川の起点は見つかっても、遡るべき流れはまだ先へと続く…
探索の行程はまだ終わらないのだ!
 
なんてカッコつけて始まりましたが、早速、前回の北野川の起点の場所からスタートしましょう。
起点の開渠の先にはトンネルがあります。
九十九(つづら)折のような通路を登ると、トンネルの上は道路になっています。

1a

ここで『河川』のマンホール見っけ!
そして目の前に広がる張り巡らされた鉄柵、その奥にあるものは…

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砂防ダムのようですが、ひな壇のような形式で幅は結構デカい。
草木がかなり茂ってます。
手前の錆止め塗装むき出しの鉄骨が気になりますね、何でしょう?
東側(右手)に道がありますので、登ってみる事にします。
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さっきのダム(らしきもの)の内側は完全に『箱庭』状態です(笑
そして…

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ど-ん!コンクリートの川床、と言うか谷間を塞ぐ構造物がこれです。
鋼材の柵?がごっつい感じですが、そこの合間を通る流れは、と見ると… 
ショボい、こんだけかいっ!(笑

草木がボーボー、と言うよりも埋まっていると言った状態ですね、これは。
ここは地元の人しか知らないであろうビュースポットでもあります。
この構造物の所にあった銘板も挙げておきます。

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実はこの場所には過去に『ハンター邸』と言う異人館が建っていました。
ハンター邸そのものは移築され、現在は王子公園に現存しています。
昔はそれを示す色褪せた案内板があったのですが、現在は付近を示す案内板に代っています。

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そうか、ここは「天神谷」と言うのか。
さっき登った道は登山道となり、さらにそこを登っていきます。
イノシシも出てくるので、扉があります(笑 

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イノシシさんには私も前に何度か遭遇しました。夜だったので相当ビビりました。
でも、最近この辺りは【アライグマ】が出没して問題になっています。
北野天満宮の本殿の屋根裏に12匹も巣食っていたとか、
近所のレストランの厨房に入り込み『自分で冷蔵庫を開けて』中の物を喰い散らかしたとか。
元々はペットとして飼われていたものが捨てられて、野性化したようです。
万一見かけても狂犬病を持っている恐れがあるので、絶対に近寄らないでくださいね。

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閑話休題、扉を開けて(開くんです)、少し登るとありました砂防ダム。
もうここら辺になると、森と言うか山の中と言うか…
道はモロに山道です、キツイです、昼間でも暗くてコワイです。
もしもこの記事を参考にここにいらっしゃる方、最低でもスニーカー必須です。
サンダル、草鞋、パンプス、ハイヒール、ピンヒール、裸足、竹馬(オイ は以ての外。

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更に登るとまたまた砂防ダム。
苔生して古い感じです、年季入ってるなぁ。
銘板があります。そっか、ここは「天神谷川」になるんですね。
この先、道と川筋は離れていくので、さすがにこれ以上の遡行は無理でした。
 
そう言うわけで、北野川の起点とその先(上流)が『天神谷川』と言う事が確認できました。
それにしても、ちょっと歩いただけで『すぐに山道』と言うのは、さすが山が海に迫っている神戸ならでは、かな?
鉄柵の所から見ると、こんな感じ(下の画像参照)で山が『迫って』来ているんですよ。
 
で、こうなると下流はどうなっているのだ?河口はどこだ?となりますよね。
 
これからは<北野川の『河口』を探せ!>編、スタートです。
前回の出発点のマンホールまで逆戻りして(所要時間10分弱)、今度は北野坂に沿って下って行きます。
途中で前の「きたのがわ」とは別の「圧 河川」と書かれたマンホールが見られます。
更に下っていくと、ほぼ数十メートル(目測)間隔で「きたのがわ」のマンホールが設置されています。
坂の下、上から見て2つ目の信号付近から南には、暗渠を示すマンホールが見当たりません。

Cats

それでは、と東西に走る通りを東に進むと…ありました。
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上に出た「圧 河川」のマンホールです。
これをたどると、こちらもほぼ数十メートルおきに設置されています。
が、一ノ宮神社を過ぎた先から暗渠マンホールは見当たりません。
さて、どーする?

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付近を見て廻ると、交差点の角にお地蔵様が。
ここのお地蔵様は『叶(かなえ・かない)地蔵』と言われています。
願い事を願掛けすると叶えて下さるとか。
 
「北野川の河口が見つかりますように…」
 
そのお地蔵様と背後のマンションの間に、何やら怪しい『スキマ』はっけーん!
覗いてみると…暗くて深くて良くわかりませんが、どうも開渠のようです。
フラッシュを焚いても奥が見えません、残念!

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ゴソゴソやっていると、ここの近所のニャンコ様に睨まれました。ゴメンナサイ(汗

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しかし、この先は完全にわかりません。ロスト(失探)しましたー!
ここまで来て北野川暗渠探索&河口確認行は失敗に終わるのか?
途方に暮れたところで
 
【次回に続く!】(まだ続くのかよ)
 
◎今回のmap

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2015年4月15日

<北野川を探せ!:前編> Kobeすみっこ探検Ⅱ

さて、『Kobeすみっこ探検』は強引にシリーズ化です(笑
神戸の北野には川がある!と言う事で今回は“北野川”です。
「地図を見ても川なんか無いやんか!」
いかにもごもっとも、でもね…

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↑証拠:「きたのがわ」「にきゅうかせん」
と言う文字が書かれていますね。(クリックで画像拡大)
これはこの↓マンホールに刻印されています。

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そしてこのマンホールは、北野坂に設けられているものです。

つまり北野川と言うのは暗渠(蓋を施した上面を塞いだ川)であり、
北野坂の道筋に沿って地下を流れているのでした。
そんな北野川の流れは果たしてどこから来て、どこまで続いているのでしょうか?
先のマンホールは、北野坂の上端から南に向かって数個確認できます。
ではその流れの起点は?
という事でまずは上流へ向かって、北野川探検を始めましょう♪
地図を見ると北野坂の上端は東西を横切る道路のところで車道は終わっていますが、歩道があります。

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その道をたどって行くと…ありました!
マンホール、ではなく『四角いフタ』です。
“河”と一文字だけ刻印されているので、この道の下が暗渠である事がわかります。
さらにたどって階段を上って行くと、見つかったマンホールには“河川”の文字。

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地面から目を上げると、階段に沿うように流れが…
そうか!これが北野川か!!と思いきや、実は違ったんですね~。
右はこの流れを階段の上から見下ろしたものです。

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この階段を登ると有名な『風見鶏の館』の前の広場に出るのですが、
その広場には… 噴水。あぁ、ここが北野川の水源かっ!…ちゃうちゃう!
どうやらこの噴水&流水は上水と雨水が利用されているようです。

Cats

ここまでたどったルートを上から眺めてみると、それがそのまんま川筋になりますね。(右画像)

では北野川の流れはどこに?
実はこの階段の東側に石垣を回り込むように道があるのですが、
その坂道沿いに先ほどの『フタ』があり、坂の上の北野天満宮前まで続いています。

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さぁて、この先(と言うか上流)はどこにあるのでしょう?
はい、実は知ってます。ええ、ご近所なもんですから (汗 
とは言え、まともに川筋をトレースするのは初めてなんですがね。
まずは北野天満宮前から風見鶏の館を通り過ぎ、裏手に回る路地を入り込みます。
ただならぬ雰囲気が漂う、もしや!
取って付けた様なコンクリートの階段!アヤシイ!怪しすぎる!!

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すると… ありました。「二級河川 川起点」。つまりここが“北野川”の起点なのです。
先ほどのコンクリートの階段は一応『橋』なのでしょう。
登って覗き込むと開渠があり鋼材で支えられた水路、いや川が。
その奥にトンネルです。
起点とは言いながらも流れはさらに上へ続きます。

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目を転じて下流の方を見ると、こちらも開渠が細長く伸びて川筋を示しています。

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左画像はトンネルの上からの開渠(見える限りの)全景。
北野は高級住宅街と見られがちですが、古いマンションやアパート(文化住宅というヤツ)なんかが多くあったりします。
下の画像はそんなアパートのスキマに入り込んで撮影。
通報されないかとヒヤヒヤ…
アパートの合間を流れるその先を望むと、茶色い風見鶏の館の一部が見えますね。

Tw023055horz

この開渠、地図で見るとしっかりと描かれていました。
でも、地図だけ見ても解んないよね。 (´・ω・`)
今回のmap

Map

さぁ、北野川の起点もわかったし、これでめでたしめでたし…
ではないっ!
起点から更に上に流れがあるのなら、それを見届けようではないか。
そして、そこで衝撃の事実が目の前に!
 
《次回に続く》
 
 
◎追補
今回判明したラインを地図で見ると、北野川の暗渠のルートはかなり不自然です。
風見鶏の館前にある噴水&そこから始まる流水路のルートは、もしかすると元の北野川の流れをトレースしたものなのかも知れませんね。

2015年4月 3日

春満開!北野天満宮 v(^○^)v

春です、四月です、桜です! 

長い間冬眠?しておりましたがブログ更新再開します。
さて、神戸北野にある北野天満宮、いわゆる天神さんは今、桜が真っ盛り。
え、天神さんと言えば梅でしょって?
はい、そうなんですがここは梅よりも桜なんですよね。
という事で今日はお天気もよかったので、カメラ抱えて
天神さんの桜 を皆様にご紹介!
まずは正面の鳥居から。(画像はクリックでフルサイズをご覧いただけます)

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まるで鳥居を覆うように桜の木が伸びています。
ここの神社は鳥居をくぐると…

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ご覧のように急な勾配&長ーい階段が…(汗
でもしかし、「上をご覧くださ~い!」
Tw023066

このように桜が覆いかぶさるように。階段も気になりません♪

階段を上り切った所を左手に行くと?
なんとここは神戸有数のビュースポットなのです。
あ、せっかくですから先にお参りしましょう。このスポットからの眺めはのちほど
で、奥まった社殿に進むと、そこにも桜。

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お待ちかねの先ほどのスポットからの眺めはこのように…

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いかがですか?階段を上るだけの価値はあるでしょう?
その階段を上から眺めると、このようになります。

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転落注意!
「階段キライ!」という方には、東側の坂から登るルートもありますので、
足腰の弱い方にはそちらをお勧めします。
お参りと展望を済ませで下に戻ったら、西側(風見鶏の館の方)に廻ってみてください。
こちらの斜面にも見事な桜が植えられていますよ。

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◎もう一つの桜スポット 『一宮神社』
 さて、せっかく北野まで足を運んだならばこちらにもどうぞ。
北野坂を山手幹線から少し上がって、
東西に走る道を東へ少し行ったところにある『一宮神社』です。

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ちっちゃな神社ですが、古く由緒ある神社です。
こちらには“田心姫命”と言う女性の神様が祭られています。

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何だか神社そのものが桜の衣を纏っている様な…
(をぉ、我ながらロマンチックな表現! オイ!)
という事で、神戸北野にお越しの際には、ぜひ両神社の桜をお楽しみ下さい。
今週末ならまだ間に合う!ダッシュぢゃ!!

Photo

↑両神社の場所はこちら!
 

2010年9月 5日

<母ちゃん(別な意味で)凄ぇ!>

さてさて、今度は前回と違った意味で凄い母親の話。

昔勤めていたレストランのホール係の人(複数)と
ひょんな事から食事に行った時
その面子の中にママさんがおりまして、
その人の息子さん(Aクン:推定6歳)も同行。

食事中、Aクンが何か粗相をしちゃったみたいで
その時にママさんが

「オマエ何しとんねん!しばくぞゴルァ!!」 

( ゚д゚) ・・・

(;゚д゚) ・・・
  _, ._
(;゚ Д゚) …!?

ヽ(`Д´)ノ  お前『母親』やろがっ!

もうね、子育てとか躾とか、
そういうモノとは別の次元に生きてるんだなと…
私はこんな人とは判り合えないデス。

2010年1月 9日

<母ちゃん凄ぇ!> ①

松の内も明けそうですが、遅まきながら
新年のご挨拶を申し上げます。

昨年は個人的及び占いでは多くの方にお世話になりました。
どうぞ今年も宜しくお願いいたします。

と言う事で今年最初のラクガキですが、何か書こうとすると
暗いorトンデモネタしか思い浮かばなかったので、
一発目くらい明るいお話ではじめたいなぁと。 (^_^)
まぁ大した話じゃございませんが、ちょいといい話と言う事で。

先日電車の中で小学生くらいの女の子と、
そのお母さんが乗っておりました。
で、聞くとはなしに聞こえてきたその2人の会話の中で…

娘:「ねぇ、“なつかしい”ってどういう意味?」 (* ゚ー゚)ゝ

→ゆだ:『え“っ、どう答えりゃいいんだろう…
       なつかしいなつかしい…』
     イカン!わからーん!  (T∇T) ウウウ

母:「なつかしいって言うのはね、

  “思い出して嬉しい”って思う事よ。」  J( ´ー`)し

ををををををををを! なんとすばらしい答え! \(◎o◎)/
うーんそっかー、そーくるかー、そうだよなー。

かーちゃん凄い!最高!ナイスなお答え。
それに引き換え、普段当たり前のように使っている言葉すら
満足に説明できないどアホのユダであります。
一つ賢くなりました、どうもありがとうございます。

と言う事で、今年も精進させていただきます!

2009年12月30日

<『考証』の恐ろしさ>

をを!、今度は5ヶ月放ったらかしでしたか…
どうもです (;・∀・)

先日net上で、ある写真を拾った入手したのをきっかけに、
こちらも久々に再開しております。
それで『考証』の真似事などをしてみた訳ですが…

時代劇などの考証は、年代的に見ておかしい所がないかとか
設定など背景に無理がないかをチェックする事を示します。
私の言う模型的な面の考証も、まぁそれと似たようなもので、
昭和16年時の戦艦模型にレーダーが載ってるのがおかしいとか、
駆逐艦にピンク塗装(ねーよ) はイカンとか。

さて、ところで『考証』のどこが怖いのか?
今回やったのは写真の『検証』なんですが、一応それも考証と言う事で。
とりあえず一つの結論にたどり着いたのだけれど
怖いのはその結果が出た時の心理。

模型やミリタリーマニアに限った事ではないだろうけれど、
“誰もやっていない事を自分がやった”快感?に溺れるのが怖い。
…と思った。

写真に写った事柄を検証しただけなのに
まるで自分がそれを発見したかのような優越感、
いっぱしの研究者にでもなったかのような陶酔感、
などなどをほんの一瞬だけれども感じてしまった。

いや待て!そんな気持ちでいると
「あいつやあいつ(笑 のようになってしまう!」
誰だよ?(笑
すぐにその事が頭をよぎって正気に返りましたがね。

いるんですよ、実際にそんな気持ちに浸ったまま
自分を誤解して突っ走ってしまった連中が。
それが原因で“某所”で叩かれまくっていますが…

占いでも似たような事があるようですけれども、
人の振り見て、とはよく言ったものです。
自分に酔わず、自惚れず、今の自分を過信せず、満足せず、
日々これ勉強、とこれからも自分を磨いて行かねばと
年の瀬に深く感じた次第です。

あと、更新もちゃんとやらなければと思ったのはナイショ

2009年7月 2日

自分は見に行かない

おぉ、今度は五ヶ月放置でしたか(笑

最近、と言うかこの2年ほどは以前のようにネタが沸いてこず、
(いや、ネタを見つける気がなかった)空白の合間に思い出したようになんか書く
みたいな感じでした。反省です。

さて、巷ではマイケル・ジャクソンさんが亡くなったり…合掌
(ちと古いが)お台場に1/1のガンダムRX-78-2が大地に立ったりしておりますね。
こちら神戸でも例の震災の被害が大きかった長田区の中心地に、
横山光輝さんの『鉄人28号』の実物大モニュメントが今秋に完成するそうな。
もっともこれは前から“復興”と“町おこし”(話題づくり)を兼ねて
以前から告知されていた事なので今更引き合いに出す気はないのだけれど…

しかし神戸に住む人間として、ある意味看過できない話がありまして
この『鉄人』の話題を単なるイベントとして受け止める訳にはいかないのです。
なぜならそこには【犠牲】があったから…

この『ココログ』を昔から使っている方なら、目にした事があるかもしれない、
『装甲騎兵ボトムズ』と言うアニメ作品に出てくるロボット兵器スコープドッグを
何と1/1で作ってしまった(良い意味で)とんでもない人の事を。
この人はとっても“作る”事が大好きなので、ジャンルにこだわらず
普段からいろんなものを作っているのですが、実は『鉄人』も作ろうとしていたらしい。
いや、実際に着手してある程度まで“カタチ”になっていた。
でも途中でやめた、やめざるを得なくなった。
なぜか?

【同じものが2体あるのは都合が悪い】 (話題のインパクトが弱い)
とクレームが付き、製作の中止を求められたらしい。(穏便に、ではなく)
馬鹿馬鹿しい、まったく同じではあるまいに。
あちらの方とはまったく比べ物にはならないが、
“ものを作る”事に魅せられている者の一人である自分からすれば、
「そんな勝手な言い草があるか!」である。
奇しくも同じものを手がける者同士、刺激し合い励まし合うならまだしも
話題を独り占めにしたいから「お前は手を引け」とは…
愚劣であり卑怯であり、何よりも神戸に住んでいる者として只々情けない限りである。

とはいえこの製作をあきらめた方は、この問題にはこだわらず
心機一転、新しい『創造』に専念されていらっしゃるご様子。
自分がここで騒ぎ立てる事ではない(それはこの方の意に反する事でもある)が、
しかしだからと言って何事もなかったように見過ごしてもおけない。
ただあった事を書き留めておくだけである。

『鉄人』やご近所の人々には何の罪もないが、
自分はこのモニュメントを【絶対に】見に行かない。
哀れにもこの『鉄人』は製作者自身の手によって汚されてしまった
自分にとって、見る価値はないと思う。

«定番外れ

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