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2006年3月22日

【訃報】宮川泰さん逝く -宮川氏と『ヤマト』-

21日、作曲家の宮川泰さんが亡くなりました。

宮川氏と言えばジャンルを問わずいろんな作品があるのですが、もうオイラ的には《宇宙戦艦ヤマト》の一連の作品が筆頭に浮かぶわけで…

何よりもあの曲(主題歌)はあの旋律とあの歌詞(さらば~地球よ~♪)そしてあの映像が見事にリンクして出来上がったものだと思います。
作品のイメージと曲のマッチングが良く、いや良過ぎて、2作目以降のTV作品でも歌詞が“イスカンダルヘ”となっているにも拘らず、あの曲が主題歌として使われ続けた、と言うのは兎にも角にも主題歌が『ヤマト』という作品を表すものとして定着していたからでしょう。
同曲のアップテンポのインストルメンタルバージョンが『大河ヤマトのテーマ』であり、全作品内でBGMとして使用された事がそれを物語っています。

2作目以降も宮川氏は『ヤマト』作品内で主役のヤマト側の曲はもとより敵役であるデスラー総統、彗星帝国側のテーマも斬新な解釈で素晴らしい曲を作り出しました。

『完結編』に於いては羽田健太郎氏との共作ではありましたが、ディンギル帝国のテーマなどは下手なクラシック作品よりも荘厳で印象深い作品です。

『ヤマト』ファンである私は今までに何度となく噂に上った『復活編』のストーリーよりも、音楽スコアがどのようなものになるのかを心底楽しみにしていたのですが、それも叶わぬ夢になってしまいました。

『宇宙戦艦ヤマト』という作品は宮川氏の音楽的な要素が大きなファクターであり、『ヤマト』と言えばあのテーマ以外に考えられないほどのものでした。
宮川氏の音楽なくして『ヤマト』は語れない、と言えば大げさでしょうか?

宮川氏の『ヤマト』音楽の(多分)遺作となったのは、『新・宇宙戦艦ヤマト』に収録されている“メタノイド”“ダークィーン”他です。yamato
《交響組曲『新・宇宙戦艦ヤマト』CD告知ポスター》

また、昨年には放映30周年を記念してCDボックスも発売されています。
(まだ手に入る…かも)
img1042862642
《CDボックス外観》

とりあえず主題歌だけは押さえとけ!という事で、以前ご紹介した『ヤマト・ザ・ベスト』もまだ入手可能です。

ちょっとおちゃらけになりましたが、氏の作品に浸る事が最高の供養になると思います。

いつまでも心に残る作品をありがとうございます。
どうぞ安らかにお眠りください。

《関連記事》

2005年12月14日

<クリスマスツリー&イルミネーション in Kobe>   ‐三宮編‐

さて、<X'mas Tree & Illumination in Kobe>も3回目。今回は三宮編です。

神戸の実質的な中心地三宮は、当然商業地でもありますので、クリスマスともなれば個々の店舗でいろんな飾り付けをします。
この三宮編では中でも代表的なものをご紹介していきます。

santika_1
【さんちか入り口】
三宮の玄関口、駅ビルにもなっている交通センタービルのサンチカ(三宮地下商店街)の入り口に飾られたリースです。
鮮やかなブルーが目を楽しませてくれます。

santika_2
【さんちか】
地上からエスカレーターで“さんちか”に下ると、このツリーが出迎えてくれます。
正統派ツリーですが、独特の飾り付けが目を引きます。

senter-gai
【三宮センター街】
地上に戻って三宮一の繁華街、通称“センター街”のフラワーロード側に面した表玄関に飾られた巨大リースです。
地元では毎年お馴染みのリースですが、これを見るとクリスマスが近くなった事を感じますね。

kyoumatiwest
【クレフィ三宮】
これはちょっと変わったツリー(というのかな?)
円柱の周りに電飾を施した変り種です。三宮本通と京町筋の交差するところにあります。

kokusaihall
【神戸国際会館】
ここも毎年この時期になると、写真のような飾りが施されます。
色の変化するライトポールと併せて、雰囲気を盛り上げてくれるアイテムです。

kobesogo_1
【神戸そごう】①
JR三宮駅から歩道橋を通って“そごう”に向かうと、ご覧のような光のオブジェが迎えてくれます。
バックのガラスで透けた部分のライティングと相俟って、荘厳な雰囲気を感じてもらえるでしょうか?

kobesogo_2
【神戸そごう】②
アップ写真です。樹木に取り付けられたイルミネーションの後ろに、同色のライトツリーが置かれています。
実際にはかなりの大きさなので、目で見て実感して欲しいですね。

この三宮編でご紹介出来たのは、ほんの一部です。
それぞれのお店や施設には、趣向を凝らしたツリーや装飾がいっぱいです。
《ルミナリエ》への来場ついでに、ぜひ街中をそぞろ歩きして捜して見てくださいね。

次回は完結編、北野界隈のツリー&イルミネーションをご紹介します。

2005年11月 7日

【訃報】 本田美奈子さん永眠

ファンの皆様、報道者各位の方々へ

                                平成17年11月6日

本田美奈子.(本名:工藤美奈子)が急性骨髄白血病と宣告され、10ヵ月の
闘病生活を送っていましたが、11月6日午前4時38分に永眠いたしました
ことをご報告申し上げます。

平成17年1月12日に入院、3度の化学療法の治療と5月12日の造血管細
胞移植(臍帯血移植)で7月30日に一時退院、7月31日に自宅で誕生日を
迎え、とても幸せな日々でしたが8月24日の定期検診で骨髄移植を行い、
8月31日の検査結果にて染色体に異常が発見され、9月7日に再び入院、
検査結果で再発が判明、9月24日アメリカから到着した新薬の抗がん剤を
投与し、結果が良好とのことで10月に2度の帰宅が出来、食欲も旺盛で
本人は大変喜んでおりました。10月21日の骨髄検査で再び染色体の異
常が発見され治療を開始、大変な時を過ごし、明日は治るという希望の
もと勇気ある戦いをしていましたが残念なことに本日、急性骨髄白血病の
ため永眠いたしました。

本田美奈子.の生前、本当にいろいろなご支援ご協力をいただきましたこ
とを深く感謝いたします。

《オフィシャルサイト》より

minako_honda

信じられない、と言うのがこのニュースを聞いた時の気持ちでした。
1985年、アイドル歌手としてデビューした彼女は、そのルックスとは裏腹にパワフルな歌唱力を持っており、やがて彼女の歌がアイドル歌謡からドラマティックなロック系へと移行して行く中で、彼女が模索し’92年に手に入れたのがミュージカルのヒロインであり、さらにクラシック式の歌唱をマスターし、新境地を開拓していきつつある道半ばでの永眠でした。

今や“おじさん世代”?には懐かしい《ヘソ出し》で歌う『1986年のマリリン』は、もう20年前になるのですね。

彼女が挑戦した《クラシカル・クロスオーバー》で聞くソプラノボイスのそれは、まさに“歌姫”

そんな彼女の歌声は今なおCDで聞く事が出来ます。

ave_maria
《アヴェ マリア》 本田美奈子
2003年5月リリース
コロムビアミュージックエンタティメント㈱
COCQ-83633 \2,800(税別)

彼女の“歌声”を堪能できる1枚です。

amaging_grace
《アメイジング グレイス》 本田美奈子
2005年10月リリース
コロムビアミュージックエンタティメント㈱
COZQ147~8 \2,100(税別)

つい、この間発売されたばかりのミニ・アルバムです。まさか発売直後にこのような事になろうとは…
このアルバムは上に挙げた《アヴェ マリア》と次にリリースされた《時》からチョイスされた曲と、未発表の作品が収められており、他には彼女のからの直筆メッセージと、生前の映像が収録されたDVDが付いています。

‘つかまえなさいチャンス 命もあげるよ…’
(ミュージカル『ミス・サイゴン』《命をあげよう》より)

美奈子さんの心からのメッセージに思えます。
まだまだこれから歌って欲しかった人でしたが、
その心、確かにいただきました。

あまりにも突然の悲しい知らせでした。
せめて彼女の歌声を聞きながらご冥福を祈りたいと思います。
どうか天国でも歌いつづけてください。

2005年9月 9日

<何でやねん??>

少し前の話になりますが、神戸のとある街角でどこかの大学生らしい一団が募金活動をやっておりました。

まぁへそ曲がりというか、自己中というか(笑)よっぽど素性の知れた団体、もしくは目的のハッキリわかる募金でないと賛同しないもので…

で、そのときも『どこへどんな募金かいな~』と思って見てみると。。。

《中国の子供たちに教科書を!!》

はぁっ???

かの国は教育政策もままならない弱小国でしたっけ?

それとも内乱でも起こって内政どころではないのでしょうか?

はたまたどこぞの国の侵略を受けて軍需予算が優先して教育どころではないのかな?

もしそうなら『スイマセン、勉強不足でした…(汗)』と頭のひとつもさげさせていただきますがねぇ…

バカバカしい!お気楽極楽トンボの“お人好し”ぶりもいーかげんにしなさい!

自分の国のことは自分で面倒見させなさい!
そんなに貧富の差が激しいなら(共産国家のくせに)自国内で何とかすべき問題だろーがっ!

だいたいね、悪意と策謀をもって自国民にウチらの対する敵愾心を煽るような国の不手際を、なんでこっちで面倒見る必要があるんだ??

自分のケツくらい自分で拭け!

そして、そんなに援助してあげたいなら、集まるかどうかも判らん他人の善意など充てにせず、それだけの時間どっかでバイトでもして、その金を全額送ってやりなさいよ

その方がよっぽど確実だよ。

それにね…
あんたらがお人好し全開で買ってやる“教科書”では

『日本は過去も、そして今も侵略を企む危険な国家だ!』

と、教えるのだよ。

だーれーがっそんなのに荷担出来るか!

真っ平ごゴメンですだよ。 

2005年8月27日

<名前にこだわる??>

 先日(20日頃だったかな?)の新聞やニュースにて、海上自衛隊(海自)の新型護衛艦の名前を隊内募集したが、候補に上がって一旦は内定していた艦名を破棄して選考し直す事になった、と言う報道がありまして。。。

 どうやらその内定していた艦名が“旧海軍の象徴”的な名前だったとか。
で、そこから考えるに『大和』や『長門』ではなかったか?との憶測が記事になっておりました。

 破棄の理由も旧帝国海軍を彷彿とさせるので周辺諸国に配慮したとか何とか…

 いや、名前で戦争するわきゃねーだろ!ってな感じですね。そう言うことを言い出すなら、今、海上自衛隊に在籍しているほとんどの護衛艦の名前変えなきゃね(笑)

 まぁ、現在の海自の命名基準に照らし合わせると、件の艦の名前は“山岳の名”にされるべきものであるらしいので、“旧国名”である『大和』『長門』は使えないわけだが。

 とは言っても自国の軍艦である。この艦名の隊内募集と言うアイデアはなかなかのものではないだろうか?何よりも自分たちが使うものだけに名前も人気投票で決めたのならば愛着もひとしお、と言ったところではないかな?
 それに国民へのアピールと言う点でも知られやすさが大事だと思うし。
周辺諸国つったってこっちが気を使っていても、相手は気を使ってくれなくて言いたい放題やりたい放題な訳ですから…(汗)

 戦前の知名度で言えば、『長門』『陸奥』などは世界最強クラスの戦艦といった点で国民にあまねく知れ渡った名前である。
当時のカルタにも、《む》陸奥と長門は日本の誇り と詠まれた程ですからね。
そこには信頼と愛着が含まれていたのです。 
 今の日本、主力護衛艦の名前を言える人が何人いるかな??

 今回の騒ぎ?について、あちこちのブログなどをつまみ読みしたところ、
『今の海自の護衛艦ごときに戦艦の名前をつけるなんて!』
といった批判的な意見が多かった。
 ちっこいフネにでっかいフネの名前をつけるのはふさわしくない!と言う意見ですね。
 確かに戦艦『大和』はデカかった。しかし今後“戦艦”なんて艦種は金輪際出現しないのです。こういった意見をおっしゃる方は、フネの“規模”にこだわっているようですが、もっと名前についての“意味”を重視して考えてみたほうが良いのでは?

 名前を引き継ぐ、ということはすなわち“伝統”を引き継ぐと言うこと。艦種を引き継ぐのではなくその名前に含まれた実績を継承すると言った観点から見るべきではないでしょうか?

 戦艦『大和』は2代目の艦名で、初代『大和』は明治20年(1887)に竣工、昭和10年(1935)に海軍から除籍。その後司法省に移籍され、昭和20年(1945)に台風で沈没するまで57年もの長きに渡って海上にあった1,502トンのスループ(巡洋艦)である。
 この初代『大和』の方が地味ではあるが、長く海軍に在って多大な貢献をしている。そう言った意味からも名前の持つ意味を深く考えて発言した方が良いだろう。
 先代が戦艦だったから1万トンにも満たない自衛艦では役不足と言うような発言はあまりにも軽率で身勝手に過ぎると思うのだが。。。

yamato
〝言わずと知れた戦艦『大和』。当時の日本の技術力の総決算とも言えるフネで、確かにその存在は大きなものがある。それだけにこの艦名を継承するのは難しい。〟

nagato  
〝国民のシンボルであった『長門』。後方に屈曲した第一煙突のために、誰もが一目で見分けることが出来た戦艦。それだけ親しみやすかったのだろう〟

yamato
〝初代の『大和』。与えられた任務を黙々とこなし、生涯を全うしたこのフネの在り方こそ今後に引き継がれるべきものでしょう。〟

追記:結局新自衛艦の名前は『あたご』と決まったようです。これはこれで良いことです。ちなみにこの艦名は4代目です。
 やはり『やまと』は原潜が就役しないと継承されないのかな?(笑)

2005年5月20日

<ニセ警察官現る!>

はいはい、しばらくご無沙汰でした。ちっとも更新しませんでした。
いや、占い師だって人間ですから風邪もひきます、
それとテンションがおもきしダウンしてたので、更新どころではありませんでした。

ネタは溜まってるので随時出して行きますね。

さて、今夜オモロイ事にニセ警官と遭遇?しました。
ええ、ほんの2時間前。

オイラが路上の占いをしまおうとしたそのとき
目の前に一人のオヤジ。

安っぽい紺のジャンパーの胸元を開きながら
『警察の者やけど』と言いつつ
見せたものは…

無線機のマイク。。。(汗)

『ここでお客さんよく来るの?今夜は儲かった?』

おいおい、イキナリ何やネン!

『あんた…ホントに警察の人?』
半分バカにした目で見ながら、バカにしつつ聞いてやりました。

だって、バレバレでしょうに!

『ここいら辺も色々と物騒になったから話を聞いて廻ってるんですよ』

あ~、ご苦労さんだねぇ(笑)
もうこの辺になると、オイラは帰り支度しながら適当に返事してるだけ。

そうしてる間にどっか行きましたね、このニセ警官

なぜニセだと判ったか?

①警察官は職務中ペアでの行動が原則
②身分を証明するのに“マイク”はないだろっ!

これだけで充分でしょう。
『所轄と所属と階級と姓名を名乗りなさい!』
と言ってやれば良かったかな?

答える義務がありますからね。

でも、何が目的だったのかな?
そこいら辺が知りたかったな(笑)
まぁ単なる“バカ”だったのでしょうが…

てな訳で、夜の三宮を徘徊してる皆さん、

ニセ警官にはご注意!です。

また来るかな?来たら通報してやろう♪

2005年3月 4日

<おやおや>

joko-photo

ものの見事にスっ転んでますね~ (^_^;)
運転してた人、大丈夫だったんでしょうか?

車でお仕事してる方、気をつけましょうね。

それにしても、どーすりゃこんな状態になるのかな?
(ーー;)

3月3日17時頃、国道43号線西行き車線 深江~魚崎間にて

2004年10月30日

<火事場泥棒は昔から“死罪”だ!>

遅れ馳せながら“台風23号”“新潟・中越地震”の災害に遭われた方々へお見舞い申し上げます。

“阪神・淡路”の震災に遭った者として、自然災害に対する人間の無力さと人の心の温かさ、この両極端な現実を見るにつれ、『人を救うのは人』なのだと感じます。
どれだけ自然に痛めつけられても『人の心』がある限り、そこに『希望』を見い出していただけると信じています。

しかし日本海側はこれから寒さや雪が容赦なく襲ってくる事を思うと、1日も早く何らかの手段で被災者の方々の生活環境を確保していただきたいと思います。

救援活動で現地にいらっしゃる方の事も気になります。恐らく身を粉にして働かれている事でしょう。
これらの方々に対する何らかのケアや支援も考慮してあげて欲しいものです。


こんな大変な状況なのに、災害につけ込んでカネを奪い取ろうとするバカがいるとは…
呆れもするし空恐ろしくもなるし、そして激しい怒りも感じますね。

災害に遭った人の、そしてそれを心配する人の心がどれだけのものか
それが判らんヤツは鬼畜かそれ以下の存在だ。

人を騙そうと考えるヤツは100%確信犯!
自分が『悪い事をしている』と自覚していながら行っているのだから。

中には『騙されるやつが悪い』なんてうそぶく輩もいたりする。
自分が悪い事をしているなんて自覚の無いケダモノもいる。

こんな連中は人間ではないね。
だから『人権』など考慮する必要はナシ

昔から『火事場泥棒は死罪』と相場は決まっているのだ。
人の不幸をダシに利を得ようとするのは外道の行為。

即時射殺には私も賛成ですな。 ヽ(^O^)/

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