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2015年12月 6日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その5> Kobeすみっこ探検 特別編

そー言えば、もうルミナリエが始まっているんですね。

今年は13日(日曜日)までです。
ルミナリエにお越しの際は、ついでにここでご紹介のスポット巡りもどーぞ!
 
さて、それでは神戸のツリー&イルミのご案内は今回でいよいよ最終回。
《北野編》Part.2です。
まずは『北野坂』の街路ライトアップです。

Pb200134

Pc050193

Pc050192

街路樹のイルミネーションとしては、ハーバーランドのガス燈通りと並んで大掛かりな規模ですね。
 
次は『北野工房のまち』です。
ここも毎年入り口と道路に面した塀がライトアップされます。

Pb200121

Pb200123

なかなか幻想的ですね。
 
さて、北野編(と言うか紹介記事)の最後を締めくくるのは
『神戸北野ホテル』です。

Pb200125

Pb200127

毎年ビミョーにデザインが違っています。
そして正面入り口を入った所のロビーには大きなツリーが。

Pb200130

Pb200128

“見るだけ”でもオッケー(してくれるハズ)。
お願いすれば【優しいスタッフの皆様】がシャッターを押してくれる
ハズ
忙しくなさそうな時間帯を狙って見に行ってみてくださいね。
 
さて、5回に渡ってレポしてまいりました
神戸のクリスマスツリー&イルミネーション、いかがでしたか?
 
撮影後に新たにセッティングされた所や、チェック漏れのスポットがあるかも知れませんが、お気に入りのポイントがあれば、ぜひ見に行ってください。
どこも殆どクリスマスまで、ですからね。
 
ダッシュぢゃ!
 
【完】
 
今回のMapです。
 

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その4> Kobeすみっこ探検 特別編

2015年、神戸のChristmas Tree & イルミネーション紹介もそろそろおしまいです。

 
今回は《北野編》Part.1です! (^◇^)
最初にご案内するのは、やはり?の異人館街。
まずは昼間の風景から。

Pc040178

ん?建物になんかへばり付いてますね~。
良く見てみると…

Pc040176

をぉ、でっけーサンタさん。
この界隈はクリスマス前になるとサンタさんが出現するのです。
こちらの建物は『英国館』です。
 
そのお隣は『洋風長屋』。

Pc040173

こっちのサンタさんはちっちゃいですね。
窓には不法侵入中のサンタさんが取り付いています。
玄関口の上には、わらわらと…

Pc040174

そのお隣の『ベンの家』はこんな感じ。

Pc040172

以上三軒は道路南側に面した建物ですが、北側にもいます。

Pc040177

旧パナマ領事館のサンタさんです。
昼間はこんな感じですが、夜はと言うと…

Pc050182

西側から東方面を望んだ景色です。次は東側から。

Pc050188

うーん、サンタさんよくわかんねーわ。
ちなみに昼間はこんな感じね。

Pc040171

 ところでこの通りは北野通りと呼ばれる、東行きの一方通行の道路です。
サンタさんはここだけでなく、一筋南の山本通りにもいるのです。

Pc040170

 ここは山本通りの東の突き当たり『ホテル北野プラザ 六甲荘』です。
サンタさんが座っていますが、その下の真ん中のリースはこんな感じです。

Pc040168

そして夜は、こうなります。

Pc050185

Pc050186

実はここはあまり知られていないスポットかも。
ぜひ一度、直接見に来てくださいね。
 
今回のMapです。
 
《北野編》Part.2に続く

2015年11月24日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その3> Kobeすみっこ探検 特別編

神戸のクリスマスツリー&イルミネーションスポットのレポートもいよいよ3回目。

今回は《三宮編》です。
まずは三宮の地下街“さんちか”のエントランスにあるツリーです。

Pb200087_2

シックなツリーですが、地下街入り口(にあたる場所)にあることで、
クリスマス気分を盛り上げてくれます。
 
このさんちかの南突き当たりには神戸国際会館があります。
南正面は地下に降りる階段状の入り口があり、さんちかと繋がっているのですが、
その場所がライトでデコレーションされています。

Pb200106_2

いい雰囲気ですね~。
国際会館には屋上庭園もあり、そこでもライトアップイベントが行われているそうです。
(ネタあさりしていたときは知りませんでしたー)
一見の価値あり、かな?
 
JR三ノ宮駅のコンコースには、光のツリーが出現しました。

Pb200091_2

ここはこのツリーだけではなく、周囲もライトアップされていて
さながら光の公園のようになっています。

Pb200092_2

この場所から南に向かうと、百貨店の“そごう”があります。
北正面の入り口は、この時期有名なスポットになります。

Pb200093_2

バックのガラス越しのエスカレーター部分のライトと相まって、
実に幻想的な雰囲気をかもし出していますね。

Pb200102

この場所は10年前にもレポしていますので、比べてみてくださいね。
 
いかがでしたか?画像だけではなく実際に目にしてみると、また違った雰囲気を楽しめるかもしれませんよ。
そこのあなた、神戸にダッシュぢゃ!
 
※今回のマップです。

 
次回に続く。

2015年11月21日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その2> Kobeすみっこ探検 特別編

前回はハーバーランドにてツリーとイルミをチェックしてみましたが、

さて今回は、《元町・旧居留地》編です。

まずはコチラ、大丸神戸店です。(#①)

Tw160184

(クリックで拡大します)

もう建物そのものがオブジェですね(笑

東側のトアロードの街路樹がこのようにデコレーションされています。

Tw160185

Tw160187

をぉっ、幻想的!(笑

大丸から東に進むと、朝日ビルディング。
コチラは10年前にもレポしていますね。

ホールの中に設置されたツリー群です。(#②)

Tw160190

これは全て手作りの縫いぐるみで出来ているのです。
世界中の恵まれない子供たちに縫いぐるみを!と言うコンセプトで作られているそうです。
(訂正:恵まれ云々はナシでした)

Tw160191

こちらのツリーのアップです。

Ca3e0062crop

ぬいぐるみの山!ですね。
先ほどちょっと書いたこのツリーのコンセプトは、このような主旨だそうです。

Ca3e0065

そして…

Ca3e0064

『あなたのために場所をあけています』だそうです。
興味のある方は問い合わせてみてくださいね。

居留地をさらに東へ、

京町筋と呼ばれる南北に伸びる道路を南に進むと
オリエンタルホテルがあります。

Pb200107

こちらは前を偶然通った時に見つけたツリーです。(#③)
ほぼ2メートルほどの大きさかな。
シックな感じが良いですね。

さて、一旦トアロードまで戻りましょう。

トアロードと三宮神社の北側の東西に走る道路(三宮中央通り、と言います)を
ちょっと東に行くと、神戸セントモルガン教会という結婚式場があります。
昼間見ても中々雰囲気のある建物なのですが、夜は…

Pb200109

こんな感じにライトアップされています。そして…

Pb210143

Pb200110

外壁のイルミネーションとマッチしていて、オシャレです。
下がとっても綺麗なツリーのアップです。(#④)

トアロードを北に進むと、三宮センター街があります。
これはアーケードに飾ってある“ルミナリエ風”のイルミネーションです。

Pb200113

ちょっとわかり難いかな?
でも直接見るとまた違う感じに見えると思います。(#⑤)

さらに北に進むと、メディテラスがあります。(#⑥)

Pb210139

ここは10年前にもレポしていますね。
今年はこんな風に飾られています。

Pb200116crop

Pb200114

派手な色使いだけど、派手じゃない。
上品な雰囲気にまとまっていると思います。

さて、いかがでしたか?

ここをご覧になった方、どうぞ足を運んで実際にご覧になってみてくださいね。
今回ご紹介したポイントのマップはこちら↓です。

ツリー&イルミのレポはまだ続きます。
(頑張って集めましたからねっ!)
お楽しみに!

2015年11月18日

<神戸のツリー&イルミネーション 2015編 その1> Kobeすみっこ探検 特別編

 神戸のクリスマスツリーとイルミネーションをまとめた記事をアップしたのは、

いったいいつの事だったでしょうか…

って、オイ!
2005年
って、もう10年前かよ!
それでもいまだにアクセスしてくださる方がいるんですよね。
 
さて、それでは久々に夜の街に繰り出して
“見どころ”を探しに参りましょう♪
 
まずはここから!
 
《ハーバーランド》

Tw160160

Umie内のグラスツリー(勝手にこう呼んでます)です。
昔とはだいぶ変わってますね~。
でもこれはこれで綺麗なもんです。
上を見上げると…

Tw160161

雪の結晶がちりばめられていますよ!
 
さて、建物から外に出ましょう。

Tw160170

南に続く街路樹も光のデコレーション。
 
さらに進むと、ん?ここは結婚式場?
長い事来てないんでわからなくなってます(笑
(アニヴェルセル神戸、と言うそうですね)

Tw160172

 これも綺麗にライトアップされてますね。
画像右側が今来た通りになります。
さらにこの通りを西に向くと…
こちらは神戸ガス燈通りになります。

Tw160174

通りは光の街路。木々が目いっぱいライトアップされています。
ここは10年前と変わりませんね。
 
視点を変えてもう一枚。

Tw160182

変わらないと言えば
『プロメナ神戸』前、玄関口のツリーは健在です。
(全く同じではありませんけれどね)

Tw160155

ここは今は『万葉の湯』と言う温泉になっているのです。
 
10年も間を置いてしまったので、同じ場所でも昔には飾り付けをしていたのに、今は何もない所もありました。
うーん、何だか寂しいぞ。 (´・ω・`)
 
※もしかして、ネタ探しがちょっと早かったかな?
12月だと増えている可能性がありますね。
 
追記:今回のマップはこちら。
 
別の場所に“つづく”

2015年10月23日

<南京町‐チャイナタウン‐のパンダ> Kobeすみっこ探検Ⅲ

神戸のパンダと言えば王子動物園ですが、

実は中華街の【南京町】にもパンダがいるアルョ
「いやいや、そんな所におらんやろ」
ところがどっこい、これ↓が証拠画像だ!!

Tw150002a

このパンダ、実はコカコーラの自販機の上に乗っているマスコットです。
で、デカイ
パンダのくせにコーラ飲むんかいっ!

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よく見ると文字が漢字表記ですね。
自販機の両サイドはこうなっています。

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さて、これだけかと思いきや、なんとこの隣には…

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ドラゴンです(笑 
チャイナタウンのいかにもチャイニーズなマスコット♪
さらにその奥には…(まだあるのかよ)

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とどめのチャイニーズ・ファミマ!
このパンダとチャイナバージョン自販機はココ↓にあります!

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南京町東入り口、長安門の横です。
これから観光でお越しの際にはぜひ見に行ってくださいね。 

2015年6月25日

<地図と航空写真で見る神戸港の変遷> Part.3 

明治維新から追ってきた神戸港の変遷史。今回が最終回です。

Kobe_1970crop

昭和45年(1970)の神戸港の地図です。
大阪千里丘で『万国博覧会』が開催された年ですね。
ポートタワーの位置がが地図に示されています。
加えてこの地図からは判りませんが、4年前に新港第8突堤の東側に『摩耶埠頭』が完成しています。
 
海岸線に沿うように『阪神高速3号神戸線』の高架道路が現れました。
平面からはあまり感じられませんが、神戸港の景観も大きく変わりつつあるのです。
そして神戸港はこの後もまだ変貌を続けます。
 
余談ですが、この3年前に『ウルトラセブン』のロケ撮影が神戸にて行われました。
巨大ロボット キングジョーが六甲山、そして神戸港で暴れまくり、そしてセブンも釣られて暴れます(オイ!
デカイのが2体で暴れるので、港の近辺は水浸しになりましたとさ。(迷惑だなぁ…)
 

Kobe_1975crop

昭和50年(1975)の神戸港
 以前からの港湾施設にはほとんど変化はありませんが、新港第4突堤の先が延伸され、さらにその先に巨大な『陸地』が出現しています。
これが『ポートアイランド』と呼ばれる巨大な埋立地です。
陸地とポートアイランドを結ぶための、第4突堤から伸びた連絡橋である『神戸大橋』は1970年に開通しています。
(それにしては先の地図には記されていないゾ!)
ポートアイランド自体はこの時点でまだ工事中で、完工(第一期)は昭和56年(1981)になります。
 
中突堤(なかとってい)の東側、防波堤の内側には艀がひしめき合っています。
これまでの画像の中で、最も多く写っているのがわかります。
艀の荷役作業はこの頃がピークだったのでしょう。
この後、貨物の形態はコンテナ輸送になると共に荷役作業の場はポートアイランドへ移行していくので、艀は減少していくことになります。

Kobe_1980crop

昭和55年(1980)の神戸港
 前述のポートアイランドの完工は翌年ですが、既に貨物業務は稼動しています。
その影響から、港内の艀の数が激減しているのがおわかりいただけるでしょう。

Kobe_1985crop

昭和60年(1985)の神戸港
 従来の貨物の取り扱いは、ほとんどがポートアイランドへ移行され、もはや艀は新港第一突堤の西側に固まっているのみです。
 
画像からは変化が見られませんが、神戸駅の隣の湊川駅(貨物駅)は既に業務を停止しており、この年に廃駅となります。
物流の主体は徐々に鉄道からトラック輸送に切り替わっており、これはそんな時代の変わり目の画像なのです。
 
阪神高速道路の南に海上をまたぐ様に『浜手バイパス』が新設されています。これは翌年に開通します。
『自動車』が交通・物流の主役になりつつある“流れ”が見て取れます。
 
中突堤とメリケン波止場の間の海面の埋め立てが始まっていますね。ここは後に『メリケンパーク』となる場所です。

Kobe_1990crop

平成2年(1990)の神戸港
 小さい画像を無理矢理引き伸ばしたので、見え辛い点はご容赦ください。
昭和62年に完成したメリケンパーク、そしてこの時点ではハーバーランドが建設中の状態です。
バブル真っ盛りの時期ですね(笑

Kobe_1995_117crop

平成7年(1995)1月17日の画像です。
 あの震災を経験した人にとっては辛い画像ですね。
上空写真からは被害の程は判りにくいですが、メリケン波止場の部分が崩壊しているのが確認できます。
海の色が奇妙な色に変わっているのが不気味です。

Kobe_nowcrop

現在の神戸港
 震災後、ポートタワーの付近から西側が新たに埋め立てられ、遊覧専用の波止場が新設されています。
中突堤の先端には神戸メリケンパークオリエンタルホテル(長ったらしいなぁ)があります(1995年開業)。
 
かつて小野浜駅、神戸港駅と呼ばれた貨物駅は廃駅となり、跡地は過去『神戸震災復興記念公園』として整備されています。
また新港第5~8までの突堤の間の部分は埋め立てられ、主に倉庫群が軒を連ねています。
そして元の第6突堤部分の地下には、ポートアイランドに通ずる『神戸港島トンネル』(海底トンネル)が新設されました。
“見えない部分”も大きく変貌しているという事ですね。

Kobe_now_mapcrop

 
◎最後に
 日本が鎖国を解き、単なる船着場程度しかなかった海辺に埠頭が築かれ、鉄道が敷かれ造船所が生まれ、果ては人工島までが出現するとは当時の誰が想像したでしょうか?
 
国家の輸出入の多くを請け負う港町として、また国際航路の玄関として発展してきた神戸と言う町は港抜きでは語れません。
営々と発展しながらも戦火に焼かれた後に復興し、また震災で打撃を受け、神戸港での貨物の扱いが減っているとは言え、まだまだ今後の発展と進化の余地は大いにあると思います。
 
開港当時の人々がここまでの発展を予想できなかったのと同じように、我々もまた今後の神戸港がどのようになっていくのか、計り知れないものがあります。
今後も神戸港の『進化』を出来るだけ見届けて行きたいですね。

<地図と航空写真で見る神戸港の変遷> Part.2 

Part.2は昭和に入ってからの神戸港です。
 
Mg_9801
画像は昭和初期の神戸港の地図です。
中突堤(なかとってい)は工事中となっていますね。
先の地図と比べると、新港突堤の番号が左から1~4と変更されています。
これは外国船が入港する関係からかとも考えられますが、詳細はわかりません。
 
ブイがそれぞれ“A(アルファベット)” “5(数字)” “あ(ひらがな)”と分けられているのが見て取れます。
これは設置されたブイの数が増えたための処置と思われますが、係留する船舶の大小で区別されていた可能性もあります。
それだけ神戸港に入港する船の数が増えていた事を裏付けるものですね。
 
小野浜貨物駅(写っていませんが)からは海岸線沿いに線路が延びて、高浜岸壁の倉庫群まで引かれています。(代りに神戸駅からの線路がなくなっていますね)
そして神戸駅のそばに、貨物用の『湊川駅』が新設されています。
ブイの数の件もそうですが、港で扱う荷物の量が増加しているためでしょう。
この事から、船から荷揚げされた貨物が(すぐに)鉄道で運ばれると言う、当時の物流システムが判ります。
 
 画像からは判り難いですが三ノ宮駅は移転していますが、旧駅の場所にはまだ駅は出来ていないのがわかります。
市内では市電(路面電車)網も充実してきています。
港のみならず神戸の都市としての発展が伺えますね。

Kobe_1930crop

 次の画像は昭和5年(1930)の神戸港で、前の画像よりも少し後のものです。
先の新港突堤の東側に、新たに第5突堤が建設され、さらに工事中です。
 
 港の中心部には新たに『中突堤(なかとってい)』が据えられています。
新港突堤が貨物の扱いを重視しているのは、各埠頭に鉄道線が引かれている事からもわかります。
中突堤には貨物線が見られません。(後に1本だけ線路が引かれます)
この事から、中突堤は主に旅客用として使われていたのでしょう。
 
陸に目を転じると居留地跡に日本銀行(支店)が置かれ、ビジネス街として発展中である事が窺えます。
先に書いた三ノ宮駅の移転、そして元町駅が新設されています。
この頃が戦前の神戸港の絶頂期であったのかもしれません。 
 

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大戦中  米軍撮影の空襲を受ける神戸の航空写真です。
まず倉庫群が直撃を受け、煙を噴き出しているのが目に付きます。
海上をよく見てください。ゴミのように点々と写っているのは焼夷弾です。
陸に目を向けると、市街はほとんど焼き尽くされていますので、これは恐らく昭和20年3月17日に行われた空襲よりも後の撮影で、6月5日に撮影されたもので間違いありません。
 
神戸駅の北側、今で言う下山手の辺りだけ焼け残っているのが妙に印象的です。
港の様子(施設)は先の画像と大きく変わっているところは見当たりません。
恐らく戦争中は港湾設備の拡充までは手が廻らなかったのでしょう。
このときの空襲の目標は市街地もさる事ながら、川崎重工(造船所)が主であったと見られます。
 
余談になりますが、ここでは大型艦に限っても戦艦榛名、伊勢、加賀(後に空母に改造)、空母瑞鶴、大鳳、巡洋艦加古、衣笠、足柄、摩耶、熊野、大井、鬼怒、神通などの建造が行われてきました。 
そして何よりも極初期からの(現在もですが)潜水艦建造のメッカでもあったのです。
画像にも建造中の『伊ー1(Ⅱ)』『伊ー15』(共に終戦までに未完成)などが確認できます。
戦略目標にされてしまうのは仕方のない事だったのでしょう。
 
Battle_bombtokyo29
この画像は先のものよりも若干後に撮影されたもののようです。
新港の北側、すなわち旧居留地辺りが燃え盛っているのでしょう、煙が湧き上がっています。

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戦時(空襲)関連の話を続けます。
上の画像は米軍が空襲の際に用意していたチャート(地図)です。
新港の第二期建設予定の部分(東側)まで記載されていますね。
いったいどこからこんな仔細な地図を入手したんだか…
 
 スケール(円目盛り)の中心は神戸駅のようです。
恐らく爆撃目標の第一は先に書いた川崎重工(造船所)なのでしょう。
戦争の“手段”としては間違ってはいない。間違ってないけど… なんだかなぁ。

Kobe2crop

空襲に関連して、更に驚くべき事は上の画像です。
これは当時の捕虜が収容されていた場所や施設を記したものです。
これらの場所を避けて爆撃しろ、と言う事なのでしょう。
こういった情報はどこから入手したのか、興味深い所です。
日本側が中立国辺りを経由して、通知していた可能性もありますが。
 
キャンプションには“大倉山公園”“オリエンタルホテル”などが挙げられています。
先の空襲中の写真を見ると、大倉山公園の辺りが焼け残っているのが確認できます。
ノルデン爆撃照準器の精度、恐るべし!米軍最高機密兵器だけの事はある。
“マルヤマパーク”というのは、もしかして現在の灘丸山公園の事かな?
それにしては場所がおかしいのですが。
“アオタニキャンプ”と言う場所がそれに近いようですが…
あと、セキグチとなっているのは今の王子公園辺りですね。
動物園などができるのは昭和26年(1951)ですから、当時の地名でしょうか?
“Divisional Camp”って何だろう?場所的には旧居留地ですね。
ここは上の画像で思いっきり爆撃されて炎上してますよ?いいのか?
 

Kobe_1947

さて、時間を進めて戦後の神戸港を見てみましょう。
画像は昭和22年(1947)の神戸港です。
一見、前回の記事の最後の戦時中のものと比べて特に変わったところは見られません。
しかし戦時中に比べて港内には大型船舶が全く入っていませんね。
これは戦争での船舶の被害が甚大であった事を物語っていると言えるでしょう。
唯一、造船所の乾ドックに大型船が入渠しているのが見られるだけです。
メリケン波止場や海岸に多数群がっているのは、荷役に使用する『艀(はしけ)』です。
前回で触れたように艀は神戸に限らず、港湾では貨物の積み降ろしには不可欠な存在でした。
コンテナに収められた貨物をガントリークレーンで積み降ろしする、と言う荷役風景はまだまだ先の事です。
そしてこれらの艀を使って、港湾労働(荷役)に従事する労働者を取り仕切っていたのが、山○組でありまして…
まぁ、それは触れずに置きましょう(苦笑
 
戦後2年が経ち、陸地部分では復興が始まっているようですがまだまだ更地が多く残っています。
ちなみに貨物線の『小野浜駅』は昭和14年(1939)に『神戸港駅(こうべみなとえき)』に改称されています。
 

Kobe_1963crop

昭和38年(1963)の神戸港です。
前の画像と比べ、艀の数が格段に増えています。
加えて新港突堤や沖には大型船が入港しており、港内では小型船舶が行き交うなど、港の活況が伝わってきます。
 
新港は東に拡充され、第8突堤までのエリアが完工しているのが見て取れます。
この年、中突堤に神戸港のシンボルとも言える『ポートタワー』が竣工・開業していますが、画像からはまだ確認できません。
市街地は完全に復興を果たしているようで、もはや更地は見当たりません。
現在『山手幹線』と呼ばれている道路も、以前に比べ拡張されているのが確認できます。
 
さて、今回はこの辺で。
次回は昭和40年代から現代に至る神戸港を見てまいります。
 
続く

2015年5月28日

<地図と航空写真で見る神戸港の変遷> Part.1 

今回から地図や航空写真を使い、神戸と神戸港の発展と変化をレポしてまいります。
どうぞ最後までお付き合いくださいね。 
 
Part.1 明治から大正期
 
◎明治初期
 江戸の最末期、幕府の政策転換により開国と共に開港(当初の予定は兵庫港)する事となり、明治元年(1868)に誕生した神戸港ですが、その頃の様子はどのようなものだったのでしょうか?

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開港から間もない明治3年(1870)の神戸港です。
(酔人漫様の『塾長日記Blog』より転載・加工。クリックで拡大)
 
かろうじて後に『メリケン波止場』と呼ばれる突堤(船着場)と、海軍操練所跡の船溜まりがあるのみで、お世辞にも港湾施設と言える物がほとんど見当たらないのが判っていただけるでしょう。
 
陸側に目を転じると、付け替え工事の終わっていない(工事中の)生田川や湊川が認められます。
この時期、生田神社の東には、外国人用の競馬場がありました。
 
画像では“小野浜造船所”としていますが、この頃はまだ“小野浜鉄工所”と呼ばれていました。
後に帝国海軍の発注で、日本初の鉄製軍艦(スループ、sloop)『大和:やまと Yamato(初代)』が建造されます。
 
 
◎明治後期

Kobe_meijicrop

 画像では判りにくいですが、市電が敷設されているので明治末期(40年代)と思われる神戸港です。
地図の左端に見える湊川が付け替えられた(埋立て済)後です。
しかしまだ地名に『新開地』と言う名称は記されていません。
 
この頃になると海岸線の辺りも港湾らしく整備され、メリケン波止場がしっかりとした造りになっている事、現在の京橋付近では、新港の工事に伴い埋め立てが始まっている事が記されています。
 
余談ではありますが、この地図と同時期(明治41年(1908)4月28日)に、ここ神戸港から『笠戸丸:かさとまる Kasato-Maru』 が第1回のブラジル移民を乗せ出航しています。
 
川崎町(現在のハーバーランド付近)の場所には、川崎造船所や高浜倉庫が作られ、それに接続する貨物線が敷かれているのが判ります。
当時の神戸駅は正に神戸の玄関口であり、神戸市役所も駅の北側にあったのです。
そしてメリケン(米利堅)波止場の上の方に、移転前の旧三ノ宮駅が見て取れます。
(現在の元町駅のやや西側。昭和6年(1931)に現在地へ移転)
この駅を窓口として、南にある元町商店街が繁華街として発展する事になります。
 
外国人居留地は明治32年(1899)に日本に返還され(治外法権がなくなり)、神戸市に編入されました。
ちなみに居留地東側にある“遊園地”(実は運動場)は『内外遊園地』と呼ばれ、日本人も立ち入る事が出来ました。
当時珍しかった外国人のスポーツを市井の人々が訪れて観戦していたと言われていますから、多分お手軽な国際交流の場だったのでしょうね。
 
前述の小野浜造船所は、既に設備が呉海軍工廠に移転され、閉鎖されています。
 
 
◎大正期

Kobe_1920

大正9年(1920)の神戸港です。
最初の頃に比べ、もはや比べ物にならないほど一大商港としての威容を見せています。
真っ先に目に付くのはメリケン波止場から見て東に新設された『新港突堤1~4』ですね。
(当時の倣いから、右より1~4の順となります)
 
その新港突堤に併せて貨物線の小野浜貨物駅が新設され、軌道が突堤まで引かれおり、港で扱う貨物の量が増大した事が窺えます。
突堤に隣接して倉庫群が記されているのも、その現れでしょう。
画像では読み取り難いのですが、メリケン波止場西側にも倉庫群と小規模な突堤が新設されています。
 
旧生田川・旧湊川は完全に道路になり、その道筋から辛うじて河川跡が偲ばれる程度となっています。
 

Fimg_9796crop

同時期(大正後期?)の別の地図です。
 
新港突堤の東側に新たな埠頭の建設(新港第二期)が計画されているのが見られます。
また、第一突堤は拡張の計画線も引かれています。
加えて港内中央部(メリケン波止場西側)に、新たな埠頭も建設予定です。
(点線部分)
 
この時期、神戸港が急速に進化していることが見て取れます。
港内の航路も整備されているのがわかります。
海上に点々と描かれているのは停泊用の『ブイ(浮標)』の位置とその番号です。
当時は直接岸壁に接岸する以外に、これらのブイを使用して船を繋ぎ、沖で荷降ろしして艀(はしけ)で運んだり、通船を使って旅客の乗降をするのが普通だったのです。
艀については、また後の記事で触れる予定です。
 
続く
 
サイトより転載・加工いたしました。

2015年4月26日

<北野川を探せ!:後編> Kobeすみっこ探検Ⅱ

かの航海者マゼランは襲い来る絶望と戦い、勇気を振り絞り大西洋から海峡を越え太平洋へ躍り出たではないか。
ここはいざ!前進あるのみ!

…と言うのは若干大げさですが、ルートをロストしても暗渠は必ずある!
と信じて探索を続けます。

前回の最後の場所は若干登り勾配がかかっており、この通りの先はフラワーロードと言う大通りにつながっています。

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画像左はフラワーロード側から見たところ。
右は逆から見たところで、後述の歩道橋が見えています。

フラワーロードは昔の“生田川”の付け替えに伴って埋め立てられたものです。
ルートは昔の川筋そのものなので、勾配は昔の土手の名残なのかも知れません。
北野川がこの手前まで来ている、という事は生田川に繋がっていたと考えるのが自然ですね。

それでは暗渠の追跡を兼ねて、この先の“旧生田川”の近辺を探って見るとしましょう。

この近所には有名?な“牛丼屋さん”があります。
神戸牛丼 広重 と言うお店です。
画像ではわかり難いかな?『一杯、金壱千圓』也。
た、高ぇ~。でも連日行列が出来ているんですよ。
そのうちレポしたいですね(笑

Cats

この辺りは前述のフラワーロードと、山手幹線という広い道路の交差する地点です。
6車線道路が交差するので、交差点そのものが大きいと言うか広い。

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そしてここに架かる歩道橋がこれまた【巨大】
広い交差点のタテ・ヨコ・ナナメを縦横にカバーしているので、一辺が長いです。
離れた場所からでも全景がフレームに収まりきらないほどです。

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特に西南から東北にかけて伸びている部分は長すぎて、強度を持たせるために歩道部分にすらキール(竜骨)が走っているほど。
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そしてこの歩道橋の下には、旧生田川を示す石碑が建っています。

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おっと、話が横道に逸れましたね、閑話休題。

この歩道橋の上から手掛かりはないかと探してみると…発見!
東西に走る山手幹線の東側、東行き車線(北側)にマンホールがありました。

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歩道橋を降りて確認してみると“圧 河川”の文字が。
やったぁ!暗渠のルートはフラワーロードを横切って、ここに繋がっていたのでした。

めでたしめでたし、おしまい… ではないっ!
改めて暗渠の追跡再開です。

山手幹線に沿って東へ直進すると、北野坂と同じようにほぼ数十メートルおきにマンホールが確認できます。

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途中、喉が渇きましたね。さぁ、百円あげるからここで好きなだけお飲みなさい(オイ
ここは『神戸クアハウス』と言う施設で、実は天然温泉です。
道に面した店頭では神戸ウォーターが百円で2分間汲み放題なのです。

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またまた脱線、追跡に戻りましょう。マンホールを追って、一路東へ!
この先はもうすぐ“新生田川”なんですがそこに現れたのは…
オ○ックスレンタカーの店先にいたこのお二人。
さしずめ『オリ○ンジャー』の青と赤さんですか?なんかシュールです。

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もういい加減に話の本筋に戻りましょう。
歩道橋が見えていますが、そこが新生田川付近。
そして手前に見えるのが、ここに至る最後のマンホールです。

この先には河川を示す目印は無く、あるのは新生田川の本流だけです。

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するとここに架かる橋の下に北野川の河口が?
そう考えて橋の東側から覗いてみると、排水管の丸い開口部が見えますね。
これが河口?でもなんかショボいなぁ。

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再度周辺をウロウロと見て廻りましょう。
東西は幹線道路が貫き南北は南の国道に至る、これまた広い道路ですね。
南北に通じる道路と、JRと阪急電車の線路に沿う東西の道につながる分岐が土手に当る部分を走っていたり、と割と複雑な構成です。
どこかに目印はないものかね?と探していると…

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発見!マンホールです!

歩道はありませんが、道路の側壁沿いに接近してみます。

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見つけたー!“北野川”!!
どうやら生田川の土手の下が暗渠になっているようです。追跡再再開!

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線路の下は厳重に、そして思いっきり目の細かい金網が掛けられていて、中の様子は窺えません。
やっとの思いでほんのスキマから中を激写!
これは暗渠ですね、フタですね。
昔はここは線路をくぐる道路だったのかなぁ?

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この先に回りこんで南側へと出ます。
生田川の流れは続いていますが、この先の土手部分も歩道の無い車道。
そこをたどってさらに海側へ進みます。
この辺りにもマンホールなどの目印はありません。それでも進む!

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そしてその先に架かっている橋から見てみると…

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どーん!

河口発見!すげぇ!デカイ!
北野川はここで新生田川に合流していました。

ただただ感激(涙

北野川は天神谷川から始まり、新生田川に注ぎ込む所で終わるのでした。
長々と駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。
これにてお開きとさせていただきます、お疲れ様でした。

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「疲れた~!おなか減った、早く帰ろうよ」

そうだね、家に帰ってご飯にしようね。

 

北野川を探せ!kobeすみっこ探検Ⅱ 【完】

◎今回のmap

Kitanogawa

◎歩道橋(加納町交差点)付近のmap 

Kanoutyou

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